O.Hen-ro その7

2017年5月16日

春なのでしょうね、いつもより早く駅に

着いてしまった。

ホームに上がるとすぐにやって来た電車は、

どうやら5時35分発知立行きであるらしい。

さすがにこの時刻であると乗客もまばらである。

この前、クイズネプリーグを見てたら、三のつく

駅名を10個答えろと言う設問があった。

私はすぐに2つの駅名が思い浮かんだ。

そう、この地方の人ならすぐに答えられる

はずである。

三河八橋と三河知立である。

同じ愛知県人である林修はどちらかを

答えるであろうと期待してたが、小難しい

名前の駅名を答えていた。

林、それはないだろが、この売国奴!

突「何ですか、その、りんしゅうとか言うのは」

猫「ああ、臨終真際のタレント講師だよ」

知立から5時57分発特急岐阜行きに乗る。

途中の田んぼのあたりで私の乗ってる車輌

をカメラに収めている人がいた。

いわゆるカメ鉄ってやつですか。

突「撮り鉄」

神宮前に隣接するJR熱田駅のホームにも

沢山の撮り鉄さんがカメラを構えて何かが

来るのを待っていた。

こういう人たちは一体どういう人なのだろうか。

それを生業としているわけではないのだろう。

アルバイトをしながら、空いた時間をこんな

事にうつつを抜かしているんでしょうね。

花を作ったり、猫を可愛がったり、お遍路を

したりと、得にもならない事に一生懸命な私と

よく似ている。

でも、オタクってのは幸せなんですよね。

こんな楽しくのめり込めるものがあるんだから。

6時18分名鉄名古屋駅に着いた。

未だかつてない行列のJRきっぷ売り場で

JR今治駅までの乗車券と特急券を買う。

すると乗車券と特急券と、他に何か券をくれた。

「ただいま四国ディステニーキャンペーンを

やっておりまして、この券をセブンイレブンに

持って行くとお茶か缶ビールが貰えます」

と職員が言った。

券の記載内容を見ながら新幹線ホームに出ると、

私の認識しない車輌が待っていた。

電光掲示板には6時35分発博多行き「ひかり491号」

と出ていた。

時計を見ると発車間際である。

選択する時間は10秒も残されていない。

もはやバッグから時刻表を出し岡山到着時刻

を調べる時間はない。

途中でのぞみに追い抜かれるかも知れない、冒険

はやめよう、と、私はその車輌を見送った。

「ストライク」

どこかからそんな声が聞こえたような気もする。

ベンチに座って時刻表を見る。

岡山着8時24分。

岡山発8時32分今治着10時41分のしおかぜ3号

に間に合っていたのだ。

乗れば良かった、と私は後悔した。

暗雲が私の心に垂れ込めた。

そしてこの一本の遅れが後々まで悪く響かない

ことを祈った。

少し時間があるので、私はキャンペーンの紙を見た。

期間は4月1日から6月30日とあった。

ちょっと待てよ、前回私が4月16日に中村まで

きっぷを買った時には、このような物はなかった。

きっと職員が、請求がないので懐に入れて

しまったのだろう。

こうして集めた数百本の缶ビールは職場の

食事会か何かに使われたのだろう。

ま、心の広い私だから大目に見てあげるけど。

名古屋駅周辺の風景

 

いつもの7時06分発の「のぞみ」に乗った。

席は、まず両サイドの窓際から埋まって行く。

それが終わると次は3席シートの通路側が

埋まる。

例え友達同士でも間を空けて、他人を入れさせ

ないようにする。

それから2席シートの通路側、3席シートの

真ん中と埋まって行く。

中には3人連れなのに3人とも窓際に座る

こともある。

列車は動き出した。

間もなく右手に名鉄栄生駅が見えて来た。

いつも見る、お城のような形の民家も見えて来た。

種間寺の動物屋敷を思い出した。

どこへ行ってもけったいな人はいるものだ。

電光掲示板に岐阜羽島駅通過と出た。

自民党の大物大野伴睦が強引に作った駅だ。

7時43分京都に着いた。

さすがに日本一の観光地だ、ごそっと乗客が降りた。

名古屋が始発だから、名古屋の人は結構京都観光

に行くんだ。

この後、定期観光バスに乗って観光するんでしょうね。

新大阪、新神戸と通過した。

新と言う文字がつく駅は、在来線とは駅が

別であることを表している。

この先の駅名を見ていくと、新岩国、新山口、

新下関とある。

いつものように車内販売のホットコーヒー

ラージを頼む。

前席の背を見ると駆け込み乗車は危険です

のでおやめくださいと書いてあった。

当然、英語バージョンもあった。

For your safety

これが、危険ですので、に当たる部分であろう。

do not

これが、おやめください、だな、誰でもわかる。

rush for your train

これが駆け込み乗車だろうな。

もしこれが

rush to the train

なら、話は古いが珠代ちゃんみたいに

列車にぶち当たらないで下さいと言う事だろう。

「間もなく、左手に明石海峡大橋が見えてきます」

車掌さんのアナウンスが聞こえて来た。

しばらくすると

「右手に世界遺産の姫路城が見えてきます」

と再び車掌さんのアナウンスが告げられた。

いつもはそんなアナウンスはないが、今日の車掌さん

はとても親切である。

5月16日、のぞみ97号の車掌さんです、JR西日本の

社長さん、彼にボーナスを奮発してやって下さい。

8時43分、のぞみ97号は岡山駅にアライヴした。

岡山駅 ビックカメラは出たがりだなぁ

 

しおかぜ5号は9時25分発である。

しばらく時間があったので、おみやげの桃太郎の

ボールペンを買った。

これくらい軽いおみやげならいきなり買っても

荷物にならない。

いつものように、うららかな瀬戸内海を眺め、宇多津

で「いしづち」と合体し、讃岐平野をひた走り、

伊予小松辺りで大きく右に曲がった「しおかぜ」

は壬生川を経て11時34分、今治に着いた。

さあ、私も今からタオル工場の見学だ、タオル

の10本もせしめるぞ、なんちゃって。

冗談を言ってる場合ではない。

急いで駅を出ると右端にあるコインロッカーへ

と進みリュックを預ける。

さらに左へ300m戻りJRの高架線のガード下の

自転車貸し出し所へと急いだ。

一刻の猶予もない。

何としても今日中に今治の札所6つは廻りたい。

住所と氏名を書き、2,000円を払ってママチャリ

を借りた。

本当は電動自転車を借りたかったのだが、今治駅

にはないとの事。

ただし事前に予約さえすれば他の貸し出し所から

取り寄せてくれるそうです。

車内でイメージトレーニングした通りに、事は進み

出発することになった。

時刻は11時43分、目指すは55番札所南光坊である。

ガード下をくぐり、駅裏(駅表かも)の信号を渡り、

そのまま真っ直ぐ進み大通り(317号線)を左に折れる。

100mも行くと南光坊である。

 

さらに進み左に折れて38号線に入る。

途中から右に折れて行く38号線をなおも進む。

学校帰りの自転車の中学生たちに逢う。

もう帰り時刻なのだろうか。

ローソンを過ぎ、喫茶店のカレンを過ぎた所の

道を入って行くと延命寺はあった。

蝋燭、線香を立て一心不乱に祈った。

山門を出て一礼をして時計を見ると12時28分

だった。

再びカレンの横を通り、左折し、最初の信号

を右折すると労せずして国道196号線に出る。

瀬戸内しまなみ海道の下をくぐり、サークルKの

所から右折して500mも行くと泰山寺である。

去年歩いて熟知したコースである。

躊躇する時間もないから、スムーズに事が運ぶ。

札所にも、はっきり覚えているものもあれば、

うろ覚えのものもある。

南光坊が前者であれば、延命寺、泰山寺は

後者であろう。

ごめんね。

 

お参りを終え、納経を済ませ、駐車場の横の

道を進み、317号線を右に折れる。

交差する割と大きな道路を左に折れる。

橋を渡って信号を右折し、しばらく行くと

栄福寺への道標が立っている。

一昨年ずぶ濡れになりながら歩いた記憶が

鮮明に蘇る。

しかしお寺に関してはあまり記憶に残っていない。

ごめんね。

お参りを終え、きつい下り坂を下りると電柱に

左に行くお遍路シールがあった。

地図で調べてみると、へんろ道である。

舗装はしてあるので、私はそちらへ進んだ。

道標には仙遊寺まで40分とあった。

時計を見ると13時20分、14時にはお寺に

辿り着ける勘定だ。

平坦な舗装のへんろ道を進む。

やがて急な上り坂があり、そこで舗装は

終わっていた。

いよいよ本格的なへんろ道である。

道がVの字になっていて、自転車を引いて

歩きにくい。

当たり前である、誰もこの道を自転車

で登って来ることなど想定していないのだから。

所々に大きな段差があり、自転車を持ち上げ

なければ進めない。

えらい所に来てしまったと思うが、もう後には

戻れない。

今さら戻れば今日中の国分寺はおぼつかない

かも知れない。

不安を抱えながらも先に進む。

となりに大きな池が見える。

車の走る音も聞こえて来た。

もう車道まで近そうだ。

一筋の光明が見えて来た。

悪戦苦闘しながらも、なんとか車道への

階段まで漕ぎつけた。

かなりきつい階段でおまけに手すりもない。

20kg近い自転車を抱えて一段づつ登り、

5分かけて車道に出た。

死ぬかと思った。

車道に出ると、一台の自転車が置いてあった。

まさか、私と同じ行動をとる人がいようとは、

と思ってみると、ここまで自転車で登って来た

人がここから歩いて行くために置いて行ったもの

だとわかった。

後は歩こう、私もへんろ道を進み再び車道

に出た。

仙遊寺まで、車で5分歩いて40分と道標

があった。

最初の、40分の道標から、ここの道標までは

何だったんだろうか。

やい、人をちょうらかすのもいい加減にせえ。

すいません、三河弁でからかうと言う意味です。

ついでに言いますと「怖い」と言う意味の三河弁

に「おそがい」と言うのがあります。

さすがにこの言葉は死語で、もう30年くらい

聞いたことがありません。

「おそがい」と最後に「い」がつくから形容詞

と間違えられますが、遅い貝なのです。

昔、我が地方に海辺の人が行商にやって来ました。

当然、貝も売りに来ました。

貝は足の速い食べ物です。

冷蔵庫もなかった昔、夜遅くにこの貝を食べて

亡くなる人がいました。

命を落とす食べ物、だから遅貝、名詞なのです。

さすがの愛知県人、売国奴のりんしゅうも

知らなかっただろ。

すいませんねえ、また話がそれてしまった、

そうですねぇ、死ぬかと思った、という所まで

戻りましょうか。

。ろだたっかなら知・・・・・・・、とる出に道車

 

歩いてまだ40分もかかるのなら、と、私は自転車

を引いてお寺まで登ることにした。

先程の道標の所まで来ると一人のお遍路さんが

前を歩いていた。

やがて彼は栄福寺へのへんろ道を降りて

行こうとしていた。

「どこへ行くのですか」

私は大声を張り上げた。

「仙遊寺です」

と彼は答えた。

案の定、彼は道を間違えそうになっていた。

「仙遊寺は真っ直ぐです」

私は正しい仏の道を教えた。

しばらく彼と話をしながら進んだ。

何を話したのかまったく記憶に残っていない。

この道は神峯寺の道と同じで、寺に近づく

ほどに坂がきつくなって行った。

自転車を引いて、このきつい坂、息も絶え絶え

となり、次第に彼との会話が苦痛となった。

私は彼に、先に行って下さいと言って

しばらく休んだ。

後はマイペースで14時20分仙遊寺に着いた。

最後の坂は神峯寺を上回るきつさだった。

お参りを終え14時30分下山を開始する。

来た道を戻り317号線に合流し、JRの高架線

の手前を左に折れ自転車貸し出し所に着いた

のはジャスト15時だった。

苦あれば楽ありと言う言葉がある。

自転車で登ったから下山する時はサドル

に座っているだけであった。

保証金の1000円を返してもらい私はバス停留所

へと向かった。

それにしてもママチャリで1000円は高いと思う。

宇和島では電動で500円でしたものね。

バス案内所で国分寺行きの時刻を訊く。

国分寺まで行くバスは16時18分までない、

が、国分橋と言う、すぐ近くまで行くバスなら

15時20分というのがあると言う。

「路線バスの旅」でも太川さんは、行けるものなら

一歩でも先に進んでおいた方が良いと、よく言ってた。

私は迷わず国分橋行きに乗った。

国分橋バス停から歩いて15分ほどで国分寺に

着いた。

これでいいのだ。

もし、16時18分の便が事故でも起こしたら、17時

の納経締め切り時刻に間に合わなくなることも

ない訳じゃない。

この前は、恐れ多くてお大師様と握手をしなかった

が、今回はさせて頂いた。

突「どんな事をお願いしました」

そんな事は人に話すものではありません。

結局帰りの便がなくて、今治駅に着いたのは

17時20分だったが、6寺巡拝の目標は達成出来

て安堵した。

名古屋駅で1便逃したのも、今治で電動自転車

が借りられなかったのも杞憂に過ぎなかった。

コインロッカーに戻り荷物を取り出し、アーバン

ホテルに寄った。

部屋は空いてるかと尋ねると、満室だと言う。

別館はと訊くと、そちらも空いてないと言う。

今治駅構内に戻り、観光案内所を探す、が

今治にはそれらしきものはなかった。

JRの案内所で訊いてみると、今日は駅周辺の

ホテルはすべて満室ですと言われた。

明日は伊予西条からスタートする。

予定では今日今治に泊まり明日早朝に西条

に向かうつもりだったが、すでに今治での

用事も済んだのだから西条に移っても

何ら差し支えない。

私は詫間までの乗車券と伊予西条までの

特急券を購入した。

なぜ詫間かと言えば運行距離が100kmを超える

ため乗車券の有効期限が2日間となること、と

途中下車が可能になるためです。

ここまでは良かったのですが、しかし失策

もしてしまいました。

18時13分発の特急の前に、17時44分発の

観音寺行きがあったのです。

特急券も買わずに5分早く伊予西条駅に

着けたのです。

ホテルが取れずに少し焦っていたの

かも知れません。

JRにしては珍しく7分遅れの18時20分に

乗り18時40分伊予西条駅に着き、駅前の

オレール西条に宿をとることが出来ました。

本日の歩行距離14,27km 走行距離17km

 

5月17日

6時に目が覚めた。

当初の予定では今治に泊まり6時50分の

特急で伊予西条にやって来る筈であったが、

7時47分発の横峯登山口行きのバス停から

歩いて1分のこのホテルに泊まれたことは

良かったと思う。

もし今治に泊まっていたら、特急に乗り遅れ

はしないかと、心配事が一つ増えるだけであった。

これも(今治に宿がとれなかったのも)お大師様

のご配慮であると思っている。

ちょっと早いが7時にホテルを出る。

コインロッカーにリュックを入れる。

キオスクでおにぎりとお茶とボールペン

を買う。

ボールペンは、メモ帳に私のブログの

ドメイン名とタイトル名を書くためのものだ。

この前のお遍路では到頭買えずじまいで

終わってしまったのでここで買った。

2番乗り場でバスを待つ。

おばあさんがやって来て松山行きのバスは

ここですかと訊く。

掲示してあるバス便をくまなく調べる。

どこにもありませんねと、おばあさんに

知らせる。

おばあさんは、ああそうですかと駅に向かう。

その時私はあたりを見渡した。

左の方にもう一つバス停らしきものが見えた。

私はおばあさんを呼び止めた。

向こうにバス停があります、あちらに松山

行きの便があるかも知れませんよと。

2人で行って調べて見ると、松山市駅行き

があった。

おばあさんに礼を言われた。

四国も何度も来ている。

ひょっとしたら私は四国全般の知識なら

四国人の誰よりも知っているかも知れない。

やがて一人の男性がやって来た。

お遍路の格好はしてないが、なんとなく臭う。

そしてもう一人やって来た、以下同文。

後から来た人はすぐに消えて行った。

違ったのかと思ったがまた現れた。

お遍路ですかと彼は私に尋ねた。

同行2人のカバンが見えているのに、わざと

らしいじゃないかコンチクショウと思ったが、

真面目そうな人だったので、はいそうですと、

真面目に 答えておいた。

突「それじゃ、本質が真面目じゃないみたい

じゃない」

猫「あのな、こんなギャグばかりのブログを

書いてる男だ。誰が私を真面目だと思っている。

ま、思われたくもないが」

突「真面目にギャグを考えているじゃないですか」

登山口行きのバスは定刻を少し遅れてやって来た。

3人はバスに乗った。

一昨年は私一人だったので心細かったが

今年は心強い。

「いいですか、このバスは登山口に8時14分に

着きます。帰りのバスは9時39分です。ガイド

ブックによれば横峯寺駐車場まで30分、駐車場

から札所までが15分となっています。つまり

往復で1時間30分かかります。計算上は間に

合わないことになっていますが、一昨年私は

間に合いました。ただしギリギリです。よほど

気合を入れていかないと遅れます」

私はこのバスに乗るのは初めてだという男性に

そう言いました。

もう一人の人は帰りは歩きだと言いました。

登山口に着きました。

急いでバス乗り場に行き料金1750円を

支払いました。

片道だと言う人も片道料金を支払いました。

バスはすぐに発車しました。

車内の時計はすでに8時20分を示していました。

ガイドブック通りにすすめば、8時50分駐車場

到着、9時05分札所到着、納経、お参りで最短

5分として駐車場に戻るのは9時25分となる。

運転手さんは、結構高齢な方で、こんな事言う

のも失礼だが、運転中にくも膜下出血を発症

してもおかしくない雰囲気を醸し出している。

さらに失礼ではあるが、そのような理由から私は

路線バスで初めてシートベルトを着用させて

もらった。

でもこれって、失礼ではないですよね。

もし谷底に転落して他の三人が死亡しても、

私だけは一命をとりとめる。

ふふふ、なんて阿漕な男だ、私は。

運転手さんは、右へ左へと、たくみに

ワインディングロードを進む。

毎日何往復もしてるから全身の筋肉が

この道を運転するための筋肉と化している、

と言った感じだ。

駐車場付近まで来た時、一台のバスとすれ違った。

同じ、登山口のバスである。

しかし西条駅からの始発のバスは我々の乗った

やつである。

しからばすれ違ったバスの乗客は一体何者

なのだ。

おそらく我々より早くタクシーか自家用車

で登山口まで来てバスに乗り換えた人であろう。

調べてみたらこの道は有料道路である。

しかもその料金が1800円也。

狭い山道を、怖い思いをして1800円を

払って運転するのと、駐車場に車を停めて

1750円払ってバスで行くのと、あなた

ならどちらを選ぶ。

種間寺の動物屋敷のおやじでなければ

誰もバスでしょ。

突「やけに動物おやじに絡むね」

猫「なぜかいじりたいんだよね。でもいいじゃん

、このブログが有名になればあの動物屋敷も

有名になり、お遍路さんの間で34,5番札所と

なるかも知れない。鶏の門柱の前に賽銭箱

を置いとけば晩酌のビールが一本増える

かも知れない」

突「コケコッコー」

8時42分駐車場に到着。

運転手さんは、9時10分までに戻って

来てください、さもないと9時39のバスに

間に合いませんと言った。

私たちは急いだ。

7分ほどで札所に着き、お参りをして

納経所に向かう。

先客は居ず、すぐに納経をしてもらい、階段

を登って、来た道を引き返す。

まだ時間は十分ある。

私は参道から山の中の写真を撮った。

 

一緒に行った人が後から追い着いてきた。

駐車場に戻ると9時がちょっと過ぎたくらい

だった。

早かったですね、と運転手さんは、言った。

そりゃそうですよ、次のバスに乗り遅れたら

その次は12時29分ですからね。

こんな山の中で3時間の待ちぼうけは辛いし、

歩くぐらいならそれでもまだ次のバスのが早いし。

バスは9時10分を待たずして出発しようとした。

麓に連絡を入れる。

もうすぐこちらへ着くバスがあるので、

しばらく待つように連絡があった。

すぐにバスはやって来て、こちらのバスも

動き出すことが出来た。

来たバスの乗客は1名、多分、車でやって来た

人をすぐさま乗せてやってきたのでしょうね。

こうして見ていると、お客さんが来ると、

たった一人でも即座に運行するって感じですね。

運転手さんは、料金所と麓と無線で

やりとりをしているようである。

そして「今××が通りました」と料金所からの

連絡を受けると、車の大きさと自車の現在地を

鑑みてすれ違う場所を決めるのでしょうね。

大変勉強になりました。

こんな事勉強しても何にもなりませんけどね。

9時25分麓に到着。

バス停のベンチにお遍路さんと腰掛けて、

39分のバスを待つ。

彼は、この後どこへ行くのかと私に訊いた。

途中の加茂川橋のバス停で降りて前神寺に

向かい、順番に香園寺まで行くと言う。

62番札所は今、高野山ともめているから

行かない方がいいと言う。

61番の駐車場に仮設の62番納経所がある

からそこで納経をしてもらうと良いと、

アドバイスを受けた。

バス停を一つ飛ばせる、いい情報だった。

私も彼の今後の動向を訊いた。

今治へ行って松山へ行ってそれから香川

へ行くような話で、私には十分に理解

できなかった。

バスがやって来た。

来る時、撮りそこなった湖の写真を撮った。

黒瀬湖である。

どうも写真というのは、あっ、きれいな風景だと

思ってカメラを取り出すともう遅いことが多い。

チャンスは構えて待たなければいけない、

追いかけても逃げて行くばかりだ。

人生によく似ている。

そんな訳で私はバスに乗るや否やカメラ

を構えた。

黒瀬湖

 

加茂川橋バス停が近付いた。

私たちはお互いの無事を祈り別れた。

勿論私のブログのことは伝えた。

真面目そうな人だったから、ギャグや下ネタの

入ったブログでちょっと心苦しかったが。

でも少なからず役に立つ情報もあると思う。

バスを降りると目の前にコンビニがあった。

まだ10時だと言うのにやけに腹が減った。

滅多に食べないカツサンドをガッツリと頂いた。

しかしなぜ加茂川橋と言うんだろう。

突「そりゃ、加茂川にかかっているからでしょ」

猫「そこが素人のあさはかさだ。だとしたら、

この川にかかってる橋はすべて加茂川橋に

なってしまう。じゃ逆に訊くが、言問橋の下は

言問川か両国川か勝鬨川か」

突「ぅぅぅ・・・じゃ、なぜ加茂川橋なんだ」

猫「そんなことは名付けた人に訊いてみな

ければわからない。が、この辺りの地名が

加茂川というか、さもなければ橋の名を住民

から募って抽選で決めたんじゃないかな」

突「そこまでしておいて抽選で決めるな」

10時18分のバスに乗り23分に石鎚神社に着いた。

64番札所前神寺をお参りし、後ろ髪を引かれる

思いでバス停に戻った。

突「お寺の名でギャグなんか作ると罰が当たるぞ」

10時49分のバスに乗り53分氷見駅前に着く。

乗客の数はかなり多い。

やはりそれはバスの本数に現われている。

お参りが終わりバス停に着くとバスはすぐ来た。

境内でのんびりしてたのでヤバかった。

11時10分乗車、11時13分小松総合支所前降車。

降りる時、西条駅前行きの乗り場を訊いたら

、ここでいいと言う。

予讃線から見える三嶋神社の信号を左に折れ、

次の、信号のない交差点を右に折れ、しばらくして

左に入る道を進むと香園寺に突き当る。

途中の駐車場に宝寿寺の納経所はあったが、

まずは61番と歩を進める。

大きな、とてもお寺とは思えないような建物の

正面でお参りを済ませると、2階に本堂があると

貼り紙がある。

私は2階にあがり、靴を脱いでスリッパに履き

替えた。

前に来た時にはここには寄らなかった。

座席が一杯ある、お勤めをする場所であろう。

まず、本堂を、そして右の方に祀られている

お大師様の像に合掌をした。

×××××××××××

階段を降りるとすぐ右手に納経所はある。

納経をすませ、宝寿寺の納経所に向かう。

私の前に一人お遍路さんはいた。

その人が納経帳を出すと、お寺さんは朱印

だけを押した。

お遍路で初めて見る光景である。

仮設の納経所である。

私たちの目線よりはるかに下の方で、

納経をしているので気が付いただけの

ことであり、このような事は日常茶飯事

に行われていることなのだろう。

「2度目のお遍路の霊山寺で納経帳を

買おうとした時、2度目からは同じ

納経帳に朱印だけを押してもらえば

いいんですよ、と言われました」

とお寺さんに言うと

「まさに、前のお遍路さんがそうでしたよね」

とお寺さんは言った。

「でも、そうすると納経帳は」

「やがて真っ赤になりますよ」

「それじゃ、何度来たかもわからなく

なりますよね」

「まあ、そうですね」

とお寺さんは答えた。

「それじゃ私は分かり易い一度で一冊でいきますよ」

と言うとお寺さんは笑っていた。

おそらく高野山から派遣されてるお寺さん

ではないかな。

12時05分小松総合支所前発23分伊予

西条駅前着。

コインロッカーからリュックを出し、構内

の時刻表を見ると12時25分発の特急が

あった。

私は急いで伊予三島までの特急券を購入し

ホームに出た。

今朝は、伊予西条駅13時29分発伊予三島駅

14時12分着の予定でいたがスケジュール

が、思いの外進んだので急きょこれにした。

まさに太川さんの、一歩でも先に進め、だ。

12時49分、伊予三島駅に着いた。

私は改札口で、三角寺口行きのバスの時刻表

を求めた。

以前にもここでもらった事を記憶してたもので。

ここで私は少し思案した。

A案、14時20分発のバスで三角寺口まで行き、

徒歩で三角寺、帰りは歩いて伊予三島駅。

三角寺口着14時43分、歩いて45分で三角寺

着15時28分、帰りのバスはないので、

お参りを済ませ、徒歩で帰ると逆打ちとなる

ので道に迷い、伊予三島駅17時半着。

B案、歩いて三角寺、帰りは三角寺口から

バスで伊予三島駅。

現在12時55分、三角寺までの距離が6km、

上り坂のへんろ道を考慮すれば三角寺着

14時40分、お参りを済ませ三角寺口まで

歩いても、上り坂で45分なら下りは30分

であろう。

したがって三角寺口着15時30分。

16時02分のバスに悠々間に合い、伊予三

島駅着16時25分。

B案の方が1時間早く伊予三島駅に着く。

今日の宿もまだ決めてない。

一刻も早く観音寺に着いて明るい内に宿

を決めたい。

私はB案に決め、コインロッカーを探した。

人に訊いたところ、この駅にはコインロッカー

はないと言う。

仕方ないので、いつものように駅近くの

木の茂みにリュックを隠し三角寺を目指す。

駅の前(伊予三島方面から来ると右側)の道を

進み大通りに出る。

右に折れ、郵便局を左に折れ、11号線の少し

手前からへんろ道へ入る。

次の11号線と交わる交差点を渡り、左へ

行くへんろ道に再び入る。

後は道標や電柱の遍路シールを目印に

進めば、迷うような道ではなかった。

初めての遍路の時もこれ(シール)を知ってれば

迷わずに済んだかも知れませんね。

松山自動車道をくぐり、しばらくは側道

を歩き、右に折れ発電所の横を通り、本格的

な山道へとさしかかる。

坂道の傾斜は鶴林寺や焼山寺と同程度といった

ところで、休まなくても登っていける。

途中で1人だけ、降りて来る女性のお遍路

さんにあった。

やがて、ポツリポツリと雨が降って来た。

今朝テレビの天気予報は晴だと言ってたのに、

だから木の茂みにリュックを置いてきたのに、

などとボヤキながら登る。

森の中なので私自身が濡れることはなかったが。

そのうち、どこかから、嗅ぎ覚えのある悪臭

が漂って来た。

これは3番札所金泉寺付近の田園地帯で嗅いだ

化成肥料の臭いだ。

なぜこんな所で化成肥料なのだと、疑問を抱き

つつ、車道に出た。

右へいくべきか左へ行くべきか、私はへんろ地図

で調べた。

左だった。

便利な本である。

もし、この本がなかったら、雰囲気からして

右に行ってただろう。

左にしばらく行くと、道は二手に分かれていた。

地図は一本道になっているが。

どちらの道にも、お遍路の道標はない。

私は上がって行く道を選択した。

するとそこには豚小屋があり、番犬の

ダルメシアンが千切れんばかりにしっぽ

を振っていた。

だが、人はいない。

となりの工場らしき所へ行ってみる。

フォークリフトはあるが、やはり人気はない。

しかし私はそこで見てはならない物を見た。

突「見てはならない物・・・気になるなぁ」

山と積まれた牛糞ならぬ豚糞である。

強烈な悪臭を放ち、私を立ちくらみ状態

へと追い込んだ豚糞である。

結局道を尋ねることも出来ず、下の道を

行くことにした。

豚糞の 臭いに我は 立ちくらみ

命からがら 来た道戻る

そうだったのか、あの激烈な臭いは化成肥料

ではなく、豚糞だったのだ。

私も園芸をするので牛糞は使うが、あれほどの

臭いはしない。

やはり草食動物と雑食動物の違いなんでしょうね。

でもこれで一つの疑問は解けた。

これだってお大師様のお導きなんだ。

しばらくすると三角寺に着いた。

長い階段を登る。

しかし初めて来た時ほど、この階段が長くは

感じられなかった。

この階段をお遍路の最も長い「よっつや階段」

の1つと認定していたが、とりやめて、津照寺に

しようと思う。

雨は小降りだがまだ降っている。

境内の屋根付きの休憩所に入ると、1人

先客がいた。

お遍路には珍しい、まだ若い(と思う)娘さん

だった。

階段を上がった所で雨が降り出した、と彼女

は言った。

もう30分くらい足止めを喰らっているようだ。

天気予報では晴だと言ってたのにね、と私と

同じような事を言った。

さては今朝、私と同じテレビ番組を見ていたな。

歩き遍路ですかと、尋ねると彼女は

「ほぼ」と答えた。

突「ほぼ1割くらいはじゃないですか」

猫「失礼なこと言うな。ヒッチハイク以外は

ほぼ歩き、だろが」

突「お前のが失礼だ」

お参りを済ませ、もう一度休憩所に寄ると

彼女はまだいた。

私はブログに関するメモ用紙を渡し、写真を

撮らせてください、とお願いをした。

彼女は快く応じてくれた。

ついでに私のブログに載せても構いませんか、

と尋ねるとそれもOKだった。

なんて心の広い女性だろうと思った。

 

三角寺にて

 

彼女とのやりとりは5分にも満たなかったが

、バスのことが気になり私は三角寺を後にした。

が、階段の途中で納経をしてないことに気付き

急いで戻った。

突「女性に現を抜かしているから、こういう

ことになるんだ」

駐車場から降りて行くと道は2つに分かれている。

左が、私が来た道、つまりへんろ道で、右が、

三角寺口のバス停へ行く道である。

地図を見ると直線で降りている。

当然険しい坂道になる。

途中から右に行く車道があり、バス停までは

あまり迷わずに行けた。

三角寺は橋の手前を右へ

 

ただしこの道はへんろ道ではないので、遍路

シールは見かけなかった。

自動販売機の裏に椅子が置いてあった。

おっ、この椅子いーすねと言って居座る。

突「それじゃ動物親爺と一緒じゃん」

時刻は3時30分。

さっきの女性のことが目に浮かぶ。

一人旅の、しかも歩き遍路か。

どこからどこへ行くのか訊くのを忘れたが

、わからないことがあったら該当する札所の

当たりを読んでね。

88ヶ所、全部ブログには書いてあるはず

だから。

突「彼女にアドバイスすることがあると

すれば」

山の中のへんろ道は危険だから薦め

られません。

マムシも出るし、ハチもいるし、転倒して

骨折をしても、救急車の救命隊員は山の中

まで来てくれません。

車道まで出て来て下さい、と言われます。

ついでに、次のお遍路さんが仲々来ない

場合、腐乱死体、白骨死体で発見される

かも知れません。

(前回の大阪のお遍路さんの話参照)

それに若い娘さんだから危ない。

もし車道があるのなら、そちらを進む

ことをお薦めします。

どうしてもそれしかない場合は(藤井寺から

焼山寺)他のお遍路さんが来るのを待って

一緒に行った方がいいと思います。

本当は私がお供して守ってあげたい。

突「お前が一番危ない」

 

話は飛ぶが、前回の浪速のおっちゃんが3番札所

当たりで泊まった旅館は、納経締め切り時刻に

なると、電話すればそこまで迎えに来てくれた

そうです。

そして翌日、そこまで送ってくれたそうです。

こうして17番札所までは送迎してくれた旅館に

、明らかに旅館の人ではない若い女の子が

働いていたそうです。

おっちゃんは、その女の子と話す機会が

あったのだそうです。

それによると女の子は五万円だけ持って

お遍路に出たそうです。

後は、お金がなくなったら働いて稼いで

を繰り返しお遍路をつづける予定なの

だそうです。

五万円だから、当然3番札所辺りで

金欠病になるでしょうね。

で、その旅館で働いていたのだそうです。

まさかその子が、三角寺の子ではと思っ

てしまうが、しかしその話4月のことだから

三角寺までは来られないよね。

多分、結願までに一年はかかると思うから。

予期もせぬ 雨を降らせて お大師が

待たせし人と 運命(さだめ)の出逢い

ちょっとかっこよく歌を

作ってみました。

16時02分バスに乗り16時25分三島駅到着。

木陰のリュックは濡れていなかった。

三島駅近くの食堂に入り肉うどんとライスを

頼み、おつゆも残さずきれいに平らげた。

17時13分鈍行に乗り34分観音寺に着いた。

駅前の電話ボックスからグランドホテル

に電話する。

満室です、と断られる。

最近満室と断られることが多くなった。

それだけ景気が良いということだから

喜ばしいことではあるが。

お遍路の地図に駅前の旅館が載っていた。

白梅別館の前を通る、料金4200円が

目に飛び込んで来た。

早速交渉に入る、が満室だと断られる。

でも本館なら空いてますと言う。

朝食の予約をし、近所のコンビニにビール

を買いに行き部屋に戻る。

おんぼろのホテルであるが、眠っちまえば

なんでも一緒。

21時就寝 ZZZZZZ

本日の歩行距離17,81km

 

5月18日

6時に目が覚める。

今日は観音寺市のりあいバスで雲辺寺を目指す。

バスの出発時刻が8時52分だからと、7時から

の朝食を予約しておいた。

ぼろっちいホテルにしては朝食はおいしかった。

どうやらゆうべのお客は私一人だけ

だったらしい。

ま、築80年といった雰囲気のこのホテルに

泊まるのは私しかいないかも知れない。

珍しい、後払いの料金を払い、68、69番札所

まで行ってくるので荷物は置かしてほしいと

言ってホテルを出る。

目指すは私がお遍路で初めて訪れた観音寺、

神恵院である。

観光案内所でもらった地図を片手に歩いた

ことを昨日のことのように覚えている。

いきなり道を間違えたこともよく覚えている。

納経を終え、お接待の饅頭をもらい、白梅

でリュックを持ち、バス停に行こうか、観光

案内所へ行こうか迷った。

今治ではあてにしていた電動自転車はなかった。

ここには、ホームページではあることに

なっているが、イマイチ信用できない。

バス停に早く行っても意味はないので私は

観光案内所へ寄った。

3台の電動自転車が存在感を主張していた。

案内所の中を見ると、女性職員らしき人が

すでに動いていた。

私が近付くと彼女は窓を開けた。

猫「まだやってませんよね」

彼女「いえ、大丈夫ですよ」

猫「電動自転車を予約したいんですが」

彼女「何時からですか」

猫「バスで雲辺寺へ行って、帰って来ると

14時ですから、14時からです」

彼女「だったら電動自転車で雲辺寺へ行ったら

どうですか。1時間もあればロープウェイ

乗り場まで着きますよ」

猫「そんなに早く着くんですか」

彼女「ええ、電動自転車だったら1日

あれば観音寺の5寺は十分廻れます」

彼女の言葉は私の気持ちを変えさせるだ

けの説得力があった。

私は電動自転車の操作方法を一通り聞いて

8時50分出発することになった。

リュックはこちらで預かります、とも

言ってくれた。

営業時間より早く開けてくださり、荷物

まで預かってくださり、とても市の職員とは

思えない柔軟な対応の彼女に感謝の気持ちで

一杯になりました。

お大師様、優しい人ばかりに合わせて

くださり有難うございます。

駅前通りを右に折れ8号線に合流して、

ひたすらファミリーマートを目指す。

しかし、また私はこの街で道に迷った。

地図では高松自動車道をくぐる時、道は

一本である。

しかし現実には2本にわかれていた。

そして私は左の道を進みおかしくなった。

地元の人に訊いても、どの人も相変わらず

要領を得ない答が返って来る。

よっぽど私は観音寺市及び市民と相性が

悪いようである。

それでも何とかロープウェイ乗り場方面に

向かって進む。

377号線を越え、241号線を越え、歩いている人

に訊いて何とか萩原寺まで漕ぎつけた。

後は簡単である。

モードをパワーに切り替え、坂道をグングンと

登って行く。

やっぱり電動自転車は最高である。

9時50分ロープウェイ乗り場に到着。

道に迷わなければ1時間はかからなかった

であろう。

10時のゴンドラに乗る。

7分で到着する。

高さでは雲辺寺、長さでは太龍寺といった

ところか。

 

薄気味の悪い五百羅漢の前を通り

本堂へ辿り着く。

お参りを済ませ、納経所へ行く。

納経所の人に車で来ましたかと訊かれた。

いえ自転車で来ましたと答える。

彼女は雲辺寺は徳島県に所属するものですから

あまり香川県の情報が入って来ないと言った。

私は、駅前の観光案内所で借りた電動自転車

で1時間かけてやって来たと伝える。

ついでに、お遍路で初めて納経所の人に

私のブログを伝える。

営業ではなく個人的なブログだから

御法度ではないですよね。

優しそうなお遍路さんがいたら個人的に

是非知らせてほしいな。

このブログが沢山のお遍路さんに読まれる

ようになると昨日出会った女性も有名になる。

そうすると彼女は、みんなに守られながら

旅が続けられる。

そうだ私もこれからは、お遍路さんを

重点にブログを伝えて行こう。

10時40分のゴンドラで地上に降りる。

後は、一昨日の仙遊寺の帰り道同様、

ブレーキの心配をするだけで241号線へ。

そして241号線、377号線と走り、大興寺口

バス停を通り過ぎた次の道を右折し11時25分

大興寺到着。

大興寺では納経をする人が多く手間取ったが、

11時45分、本山寺に向けて駐車場を出発。

来た道を戻り377号線を右に折れる。

最初の信号を左に入り6号線を横切り5号線

を左折する。

しばらく行くと12時を知らせる有線放送が

どこかから聞こえて来た。

さらにどんどん進んで行き11号線を右折し

最初の信号を左折し橋を渡れば本山寺

が見えて来る。

街の中と違い、とても分かり易い。

五重の塔は現在改修中であった。

納経を済ませると12時30分であった。

来た道を戻り橋を渡って5号線を右折し、ビジネ

スホテル観音寺の交差点を左折して観光案内所

へ戻ったのはかっきり13時であった。

もし私がいきなりバス停に行ってたら

8時52分のバスに乗り、今頃やっと観音寺駅

に向かうバスに乗り込んでるはずである。

今日中に一応5寺はお参り出来るが、泊まりは

今日も観音寺になっていただろう。

私は優しい職員さんに逢えてラッキー

であったと思う。

こんな優しい女性の旦那さんはきっと

幸せに生きてるはずだ。

突「いらんことは言わんでもいい」

当然彼女にもブログのメモ用紙を渡した。

さんざん褒めちぎったのだから、ブログの

ことばらまいて下さい。

荷物を受け取り、駅に向かう。

みどりの窓口に寄り3日前に購入した

乗車券を職員に見せる。

 

 

猫「この乗車券まだ使えますか」

職「昨日で期限が切れてるから駄目ですね」

猫「でも一応詫間までのきっぷなので、期限が

切れてても使えると聞いたんですがね」

職「JRにはそのような規定はありません。ただ

乗車中に期限最終日の24時を過ぎた場合は

降車駅までは乗れます」

猫「じゃ私はそれを勘違いして覚えて

いたのですね」

読者のみなさん、私は間違った事を

伝えておりました。

乗車券は期限までにチケット(きちっと)

使って下さいね。

詫間までのチケットを、けちっとらんと

260円出して買った。

突「動物親爺」

今治詫間間が2100円で割安なのかと思ったが、

後で調べてみたら、今治西条間660円、西条三島間

760円、三島観音寺間450円そして観音寺詫間間

が260円なのだから結局私は230円損したことになる。

これなら毎回きっぷを買った方が得だとわかった。

こういうのを皆さん、安物買いの銭失いと

言うんですよ。

13時17分のサンポート南風リレー号に乗る。

席が空いてなかったので、ボックスシートの

窓際に座る白人女性の斜め前に座る。

白人女性もスマホをいじりまくっていた。

この前テレビのスカッとジャパンという

番組が、見るとはなしに、目に飛び込んで来た。

おじさんが、若者のスマホについて文句

を言ってた。

善人があくまでも善人、悪人はあくまで悪人

と言ったあの番組、私がこの世で一番嫌いな

番組である。

あえて言わせてもらうが私はおじさんに

拍手を送った。

電車内のあの異様な光景、鳥肌が立つ。

ま、誰に迷惑をかけるものでもないのでいいけど、

大丈夫かなこの国の未来はと思ってしまう。

そんな事を考えているうちに、詫間駅を乗り過ご

してしまった。

車掌さんに話すと、次の駅で降りなさい、10分

後に反対電車が来るからそれに乗りなさいと

言ってくれた。

生まれて初めてである、眠ってもいないのに

乗り過ごしてしまったのは。

2日半で、すでに17の寺を廻った。

疲れが出ているのかも知れない。

反対電車に乗り、車掌さんに事情を話す。

車掌さんは乗車券に、誤乗と、Y14(詫間の駅番号)

と、日付と、自分の印鑑を押して、これを

詫間の改札口に出して下さいと言った。

本来より14分遅れて私は詫間駅改札口を通過した。

皆さん乗り過ごしは、キセルと違って故意

ではありません。

したがって料金はとられません。

多分、鉄道事件の一つのケースとして紹介

するため、お大師様が私をボケさせたのだ

と思います。

13時45分の三豊市コミュニティバスには

乗れなかったが、14時07分に乗って14時

25分ふれあいパークみのに着いた。

私は早速電話ボックスに入って、善通寺

グランドホテルに予約の電話を入れた。

予約はとれた。

駅から遠い所のホテルだから大丈夫

だとは思ったが。

さあ、いよいよ「よっつや階段」の一つ

弥谷寺である。

今までと違い、今回はリュックを背負って

の階段上りである。

私はゆっくりと520段の階段を登った。

数えながら登ったが、私には514段しかなかった。

多分、平坦な所にあるやつを見逃したのであろう。

本堂をお参りし、次に太子堂、納経所と進む。

88寺中、唯一靴を脱いで納経をしてもらう

お寺である。

去年は猫ちゃんがいたので、楽しみにしていたが、

今年はいなかった。

しょんぼり。

納経が終わって、長い赤い急な階段を降りて行く。

もし最上段から下まで落ちたら、肋骨を13本、

鎖骨を1本、頭蓋骨を3カ所、大腿骨1カ所、

脛骨2本、運が悪いと骨盤までやられ、病院

に担ぎ込まれ長期入院を余儀なくされるだろう。

突「そりゃ、骨だ」

麓近くまで降りた所に、左へ行くへんろ道の

道標があった。

へんろ道か車道か、私は地図を出し、しばし

検討をした。

距離的にはかなり、へんろ道の方が短縮できる。

高低差は11号線に進むのだから同じであろう。

以上の理由から私はへんろ道のお世話に

なることにした。

突「あれだけ、ほぼさんには車道を薦めたのに」

猫「私はいいんだ、男だから」

次の歩き遍路の時には通る道だ、覚えておいて

損はないと、私は歩き始めた。

最初のうちは結構きつい上り坂であったが、

後は下り坂が続く。

20分も歩き、池のほとりから車道に出る。

道標では左に行くように示されているが、

騙されてはいけない。

右だ、右の方から車の音が聞こえてくるはずだ。

高松自動車道の走行音が。

その自動車道の下をくぐり、側道を左に500m

進む。

三角寺へ行く時の松山自動車道とイメージが

重なる。

やがて森のような所から右へ曲がり、二つの池の

間を私は進む。

小さな池は沼と言う感じで、大きな池は湖

と言った感じである。

そしてその道は11号線に交わり、左へと進む。

最初、と言っても400mはあるだろうか、

最初の信号を右へ曲がる。

ただし、私は押しボタン式の信号をカウント

してないことを承知しておいてほしい。

それが、あいだにあったかも知れない。

48号線を進むと三井之江東という交差点がある。

そこを右に折れる。

ちょっと手前に、三角形の斜辺のような姑息な

へんろ道があるが、そんなものは無視すればよい。

そんなものを利用すると姑息な人間に

なってしまう。

さらに進むと、また池がある。

釣りをしている人がいたが、黙って

通り過ぎた。

怖そうな人で、釣れてなくてご機嫌斜め

だったりしたら八つ当たりされそうな

気がしたので。

しかし香川県にはため池が、めったやたらと多い。

林先生の同僚の丸っこい地理の先生によれば

この辺りは年間降水量が極めて少ない地域なのだ

そうです。

故に水田が少なく、麦ばかり作り、うどんが主食

となったのだそうです。

決して釣り好きな人が多いわけではないのです。

曼荼羅寺に着きました。

4時でした。

バスの時刻表を見ると4時34分がありました。

勿論このバスはグランドホテルの横を通ります。

これで今日は73番札所までお参りして5時前

にはホテルにチェックインできることはほぼ

確定です。

さっそく72番札所をお参りしました。

団体さんがいました。

が、お参りはそろそろ終わりと言う感じでした。

ゆっくりと蝋燭線香をたて、じっくりと願い事

を心の中でささやきました。

×××××××××××××

つづいて出釈迦寺をお参りしました。

500mほどの距離ですが、けっこうきつい

上り坂です。

お参りを終えて境内から北の方に目を

やれば瀬戸内海が見えます。

善通寺が海からそれほど遠くないことと、

出釈迦寺が高い位置にあることがわかります。

バス停に戻りました。

目の前に製麺所がありました。

「すぐには出来ないですよね」

と私が言うと

「ここはうどんを作る所で食べる所

ではありません」

と言われた。

「お接待に一玉どうですか」

と女主人は言うが

「荷物になるので」

と丁重にお断りする。

バスが来た。

70年前のティーンエイジャーを次々に

降ろしながら、バスは16時45分

グランドホテルに到着。

チェックインし、いつものように、隣の

スーパーマルヨシにビールと春巻きと

かつ丼を買いに行った。

疲れたせいか、食べなれない油っこい

ものが無性に食べたくなった。

実は今回の計画では去年同様、暑くなる前に

白峯寺と根香寺を済ませようと思っていた。

しかし3日で20の札所を廻り疲れたので

断念し、この次来る時の初日に回した。

一応最低目標の69番までは終われたので

まずは一安心である。

何故69番なのかと言えば、御覧のような

札がある。

 

 

これは2015年10月から納経所で配布される

ようになった平成28年閏年限定参拝記念散華

である。

私が初めて行った9月にはまだ配布されて

いなかった。

28年限定だから、もう去年で終わってしまった

のかと諦めていたところ、今年の4月に札所を

訪れたら、5月いっぱいまでやっているとの事。

それで先月に続いて、これが欲しくてやって

来た訳です。

一応、今日観音寺、神恵院、雲辺寺と終わり、

88ヶ所が全部そろい想いは遂げられました。

そんな訳で、明日は行ける所まで行って

豊田に帰る予定です。

ビールを飲み、いい気持で風呂に入り

21時就寝。

本日の歩行距離18,01km 自転車走行距離25km

 

5月19日

6時に起きる。

テレビを点ける。

去年もここで泊まったが、テレビが点かなかった。

なので去年はテレビは見なかった。

ゆうべもテレビが点かなかった。

少し腹立たしかったのでフロントに電話した。

猫「テレビが点かないんですが」

フ「有料テレビの電源を入れて下さい。それから

普通のテレビのリモコンを操作してください」

そうだったのか、私は一切エロテレビは見ない

ので気が付かなかった。

天気予報は一日中晴を伝えていた。

気温も30度近くまであがるらしい。

まっいいか今日1日だから。

私は出かける支度をして一階の食堂へと

向かった。

ゆうべはごってりとした物を食べたので

あまりお腹が空かない。

味噌汁とご飯と漬物で簡単に朝食を済ませ

10分足らずでホテルを出た。

ホテルの前の道を右に進む。

2つ目の信号を右に折れ後は道標に従って

川沿いを進み7時40分甲山寺に着いた。

特に強調するような個性のある寺ではない。

納経を済ませ、川沿いを戻る。

48号線を右に曲がり、グランドの終わりを

左に曲がり800mも歩くと善通寺の駐車場に

着く。

駐車場を通って境内に入る。

本来お寺のメインは本堂であるが、この街は

お大師様の生まれた街である。

当然メインは大師堂(御影堂)である。

 

 

線香蝋燭を立て賽銭を投入し、しっかりと

お参りをした。

××××××××××××××

その時、大師堂の中に合格祈願、善く通る寺と

言う貼り紙を私は見逃さなかった。

私は本堂へと向かった。

向かう途中に私は「大」を催して来た。

そして本堂の前に、トイレへと駆け込んだ。

善い通じがあった。

これは作り話ではない。

私はよく冗談は言うが、ウソは言った

ことがない。

インディアンと同じだ。

きっとお寺さんたちが、合格祈願のキャッチ

コピーを作る時、この、善く通じのある寺と

言うのも出たと思う。

で結局下品だからということでボツに

なったのだと思う。

何が下品なものですか。

便というのは合格と同等あるいはそれ以上に

大切なものですよ。

今からでも遅くないから是非採用しなさい。

善く通じがあるお寺、善通寺。

日本中の便秘に悩む人々が訪れますよ。

なにせ私は効果てきめんでしたものね。

本堂をお参りして、五重の塔を写真に

収める。

善通寺の斜塔???

 

境内の掃除をしている寺男さんに駅への

道を尋ねる。

門を出て広場の向こうの道を左に行くと

駅に出ると教えて頂いた。

善通寺駅で名古屋までの乗車券と宇多津岡山間、

岡山名古屋間の特急券を購入する。

8時56分の鈍行多度津行きに乗る。

鈍行ではあるが四両編成である。

なにか魂胆があるのでは、と時刻表を

見ると南風4号に接続とあった。

やっぱり。

次の駅金蔵寺で降りる。

踏切を渡り、25号線にさしかかる。

直前で信号が赤に変わる。

長い長い赤信号だ。

青に変わる、金倉寺への道を急ぐ。

お参りを済ませ、再び25号線へ。

またしても赤信号だ。

駅に戻り時計を見る。

9時17分だ。

時刻表を見ると高松行きの普通は9時15分

にすでにこの駅を通過している。

15分あれば目と鼻の先の金倉寺は楽勝

だと思っていたが間に合わなかった。

いいじゃないか、これだって読者には

いい情報になっているかも知れない。

これからJRでお遍路される皆さん、金倉寺

への往復は20分は見ておいた方がいいですよ。

これで金蔵寺9時15分発多度津9時19分着。

多度津10時01分発国分10時27分着。

国分11時09分発八十場11時18分着。

八十場11時59分発宇多津12時04分着。

宇多津13時35分発岡山14時10分発の

ブランは消滅した。

疲れているし、どうしてもという気持ち

はなかったからいいけど。

9時54分の鈍行に乗り9時58分多度津に着いた。

駅前の道を10数m進み、突き当たりの道を

右に折れる。

決して渡ってはいけない。

渡らずに右折し歩道を歩くこと7分、日頃の行い

の正しい人には信号機が見えて来るはずだ。

押しボタンを押して横断歩道を渡る。

なぜならば渡った側にしか歩道がないから

である。

つべこべ言わずに兎に角渡れ。

渡って5分も歩くと右手の、道の向かい側

に道隆寺が見えて来る。

道隆寺だ、焼山寺ではないぞ。

信号機はあるが、面倒なので車が途切れたら

構わないから横切れ。

死んだって私は責任もたないぞ。

門前で一礼をし、合掌をしたまえ。

誰だ合唱をしているのは。

しずかなこはんのもりのかげから

もうおきちゃいかがとかっこうがなく

君、それは輪唱だろが。

ま、とにかく境内へ入れ、蝋燭線香

に灯をつけろ。

こらこら人の蝋燭の灯をもらうな。

持ち主の不幸や病気までも一手に

引き受けることになるぞ。

またまた賽銭箱の周りで何を

うろついているんだ君は。

賽銭が落ちてないかと思ってだと。

よせ、小遊三のまねは。

そんなものを拾うと死ぬまで、悪銭苦闘の

人生が続くぞ。

けちらず、しっかり賽銭は納めろ。

人生の間に(money)間に(money)いい

ことがあるぞ。(製作時間3分31秒)

さあ納経に行こうか。

なんですか、君が手に持っているのは。

えっ、貯金通帳、・・・貯金は農協へだって。

ハラホロヒレハレ

「次はどちらへ行かれるんですか」

納経所の人は訊いた。

「明日も明後日も暑いと言ってたので、

今日で名古屋へ逃げて帰ります」

と言ったら彼女は大笑いした。

10時38分の高松行きに乗った。

ここで新たに、道隆寺までの往復時間が

40分あればなんとかなると言う情報を

発信出来た。

10時48分宇多津に着いた。

駅前の道を左に行き、郵便局の交差点

を渡り右に折れる。

つまり33号線を目指すのである。

その33号線を左に折れ、押しボタン式の

信号を除く最初の信号の横断歩道を渡る。

あとは、モヤモヤとして説明のつかない道路

に入って行く。

ただお遍路シールはあるので迷うことは

ないはずである。

道に迷わせたら人後におちない私が

辿り着けたのだから。

郷照寺に着いた。

門を入ると、いきなり納経所があった。

綺麗なおねえさんが、愛想を振りまいた。

私も軽く会釈をした。

本堂で蝋燭線香を立てた。

賽銭を投げ入れ、願をかける。

太子堂は賽銭と願かけだけである。

納経所で納経をしてもらう。

帰り道に、四国で一番大きな閻魔大王像と

いう立札を見た。

早速写真を撮った。

 

 

ドラフト会議

ここはあの世の一丁目、会議室では新人選択

会議が始まろうとしていた。

「皆さん、浄土でのしばしの休息が終わり

ました。これから皆さんは娑婆に出て、再び

修行を積む時が来ました。今日は皆さんに

来世の生体、つまり新人を選んでもらう

ドラフト会議の日です」

議長は聴衆に向かって言った。

聴衆は開幕試合に臨む万年最下位チームの

ように希望に満ちた目で議長の話に耳を

傾けた。

「皆さんは赤ちゃんとして、これから娑婆に

出る訳です。そこで掲示板に父親と母親の

顔写真を並べてみました。この写真を見て

どの夫婦の子として生まれたいか選択を

してください」

「で、生まれてくる子の性別は」

聴衆の中の一人の男が訊いた。

「それは教えられません。わかっていたと

したら、あなたはどちらを選びますか」

「そりゃ、もちろん男です。子供を産む

のは嫌だもん。家に閉じこもって子育て

なんて性に合わないもん」

「あーら、わたしは女に生まれたいわ。だって

男に生まれたら女と結婚しなけりゃならない

んですもの」

聴衆の中の一人の女が言った。

「そうでしょ。言えばあなたたちはきっと

そういう選択をする。これは修行なのです。

だから秘密にしたのです」

「それじゃ、両親ならびに本人の寿命は」

「それも秘密です」

「父親の職業は、社会的地位は、財産は」

「それも秘密です」

「母親の出身校は、家柄は、バストウエスト

ヒップのサイズは」

「それも秘密です。なぜそのような質問を

なさるのですか」

「だって頭脳も体型も遺伝すると思って」

「なんだ、これじゃ何から何まで秘密だらけ

じゃないか。こんなデータ不足じゃ運だけ

が頼りの宝くじと同じじゃないか」

1人の男がぷんとむくれた。

「何を言ってるのですか。十分過ぎるほどの

データを含んだ顔写真があるじゃないですか。

あなたたちは前世で何をして生きてたんで

すか。しっかりと人を見る目があればこれ

だけのデータで足りるはずです。つまり

この選択会議であなたたちは前世の

生き様を問われているのですよ」

眼光鋭い議長の説教に聴衆は黙った。

「しかし今回は少し譲歩して父母の趣味と

年齢だけは明記しておきます。他に何か

質問は」

「ところでわたしたちの今までの記憶は」

「いい質問ですね。あなたたちの今までの

記憶はすべてかき消されます。もちろんこの

選択会議のことも」

「すべて・・・ですか」

「すべてです。娑婆でゼロからのスタート

です。ただ、たまに、ここのことを記憶して

いる人がいて、娑婆での生活に嫌気がして

ここへ戻って来る人がいます。言い忘れて

いましたが、50歳以前に亡くなられた人は

即座にこのドラフト会議にかけられ、娑婆に

送り返されます。中でも自らの命を絶った

人は指名順位はビリとなる上にハンデのある

人生を課せられます。具体的な内容については

差し障りがあるので控えますが、どうか皆さん

天命だけは全うして下さい。それではくじ引き

を行います。まずは指名順位を決めるくじです」

議長は掌が入るほどの穴の開いた白い箱を

持って聴衆の間を廻った。

くじは次々に引かれ、小躍りする者、肩を落とす

者など様々だった。

そしてついに白い箱はある男の前に来た。

男は祈るような気持ちでくじを引き袂に入れた。

そして聴衆から少し離れた所でそっと開いた。

今日の出席者の数から、ビリであることは

すぐにわかった。

聴衆は掲示板の前に集まり品定めを始めた。

「このお父さんとお母さんなら、どう転んでも

美男美女しか生まれないわね」

女性達は圧倒的に両親の美しさに基準を置いた。

「この大きな鼻の穴は肺活量が多そうだな。職業

が歌手だそうだから大成するぞ」

鼻相で選ぶ人もいた。

「どうだい、この穏やかな顔。この顔は生まれて

此の方怒ったことのない顔だ」

人柄で選ぶ人もいた。

そして誰一人近付こうとしない一組の写真が、

誰もが予想したように最後に残った。

母親の不細工さもさることながら、とても人間

とは思えない父親の不気味さに皆、後ずさりした。

聴衆は哀れみの表情を最後に残った男に向けた。

男は泣きたい心境だった。

議長はカッと目を見開き、男に近づいた。

そしてそっと耳打ちした。

「おめでとうございます。わたしはあなたが

一番くじを引いたと思っていますよ」

 

ご存知金田一平助シリーズ「平助出生の秘密」より

一部抜粋

以前作った同名のショートショートが不出来

でしたので作り直しました。

駅まで戻る。

所々にうどん屋さんがある。

でも心配だから寄らない。

11時35分宇多津駅到着。

ここも50分あれば寺まで往復できますね。

ここが四国最後の地となる。

セブンイレブンのキオスクで、お土産の

うどんを買った。

セブンイレブンと言えば・・・そうだ、

ディステニーキャンペーンだ。

私はJR名古屋駅でもらった紙をカバンから

出した。

そこには、キオスク宇多津店も該当する店だ

と書れていた。

レジでそれを店員さんに見せた。

店員さんはレジの近くにあったキリン一番搾り

を持ってきた。

「冷えたのにしてもらえませんか」

と言うと店員さんはムッとして取り換えに行った。

1番線ホームに上がった。

早速、あられをつまみにビールを飲んだ。

足元に、私の大好きなスズメさんが降りて来た。

私はあられを投げてやった。

スズメさんは近付いたが、しかし大き過ぎて

口に入らない。

「ごめんよ」

と細かく砕いてやる。

スズメさんは小さいのを食べた、が大きいのは

やはり食べきれずに吐き出した。

5つか6つ食べるとスズメさんは飛び去り、そして

次のスズメさんが来る。

かわいい、涼しい目をしている。

さっきのが鈴子ちゃんなら、今度のは

鈴之助君かな。

鳥はみんな、食べたものを一旦お腹に収め、

巣に戻って子に吐き出して与える。

それにしても宇多津のスズメは北海道のそれ

と同じくらい人間に慣れている。

私が子供の頃には、みんな空気銃でスズメを

撃ち、焼き鳥にして食べたものだ。

だから本土のスズメは警戒心が強い。

でもきっとこの地方の人はそんなことは

しなかったのだろう。

だから、この街を「撃たず」と言うんじゃ

ないのかな。

おあとがよろしいようで。

この話も作り話ではない。

私は、嘘と坊さんの髪は結ったことがない。

四国で最後の冗談を言った所で、12時04分発

の南風10号はやって来た。

ホームには鈴之助君に代わり、鈴乃ちゃんが

舞い降りた。

私は南風の人となった。

南風は終着駅が岡山である。

眠ってしまっても、岡山で清掃員さんが

起こしてくれるから大丈夫である。

ディーゼル車は動き出した。

すぐに予讃線に別れを告げ、左に曲がって行く。

やがて線路は二手に分かれて行く。

上りも下りも坂出から来る線路と交わり、

二手に分かれた線路はよりを戻し瀬戸

大橋線となる。

私はここでいつも、同行2人のカバンを

裏返す。

本州に入ってこのカバンはちょっと

恥ずかしいもので。

また今日も新幹線は混むであろう。

来る時の新幹線は快適であるが、帰りの

それは最悪である。

そんな訳で瀬戸内海の風景をみながら、

今回の旅のまとめをしよう。

 

宿泊費16000円だったかな。

飲食代4500円そんなもんだろ。

バス料金3500円登山バスが痛い

鉄道運賃29000円うまくやればもちっと安かったかも

ロープウェイ料金2060円頂上まで行けて安いもんだ

貸自転車料金2000円

納経料25×300円=7500円

お土産代3000円うどんとボールペン

賽銭 覚えてません。

今回は3泊4日だったので700000円でまとめました。

突「一桁違ってますよ」

そうだな、そんな大名旅行した覚えないもんな。

利用した交通機関名

名古屋鉄道三河線、本線。

JR東海道山陽新幹線、瀬戸大橋線、予讃線、土讃線。

せとうちバス、三豊市コミュニティバス、

善通寺市民バス。

廻った札所

55番54番56番57番58番59番60番64番63番

61番62番65番68番69番66番67番70番71番

72番73番74番75番76番77番78番

道を尋ねた人14人、出会った猫3匹、犬2匹。

残るは10のお寺です。

2日あれば廻れると思いますので来月の

梅雨の晴れ間を利用して結願したいと

思っています。

その後は晴が続けばお遍路を離れて

観光がしたいと思います。

本日の歩行距離16,03km

16時我が家に帰る。

次回結願編、乞うご期待。