その2


私は電車を降り改札を抜け、西出口を経て、階段を昇り地上に出た

そして左手にあるJR名古屋駅構内へと歩を進めた。

表示板にしたがって真っ直ぐ進み、しばらく行くと右手にJRの

切符売り場が見えた。

私は最終目的地までの往復切符と第一目的地までの特急券を購入した。

鉄道マニアなら知っていることだが、片道601キロ以上ないと

往復運賃の一割引きの恩恵をこうむることは出来ない。

 

突「小錦二人でも無理なんですね」

 

バカ、体重ではない、距離の話だ。

ただし一割引きの恩恵と引き換えにIターンを義務付けられる。

 

ここでお詫びを申し上げます。

私の最終目的地は600キロにやや満たないことが帰って

来てからの時刻表の調査でわかりました。

以前は適用されたのに何故だろうと考えたら、この前の

出発地は三河安城からだったことを思い出しました。

これだと30キロが加算され、辛うじて権利が取得できます。

と同時に何故あんな不便な三河安城からの出発になったのかの

不可解な行動の意味がわかってきた。

こういう場合たとえ使わなくとも、もう少し先までの、つまり

600キロ以上になる駅までの切符を買った方がまだ得策である

こともわかった。

したがって私は割引の恩恵に蒙ることもなく旅を続けていた

ことになります。

が、もはや、後の祭りである。

英語で言うとアフターザフェスティバルである。

私は23,600円を支払って乗り場へ向かおうとした時

JR職員に呼び止められた。

「お客さん、切符を忘れちゃ旅は出来ませんよ」

ちげえねぇ、私がよくやるミスだ。

私は切符売り場を出て、さらに進み構内の一番奥の、

右に上がる階段を昇った。

行き着く先は新幹線下り乗り場の16番、17番ホームである。

ここで私が西へ向かうことが白日の下にさらされることとなった。

そんな仰々しいものではないですけどね。

ちなみに新幹線の上り下りの簡単な覚え方を伝授しておこう。

名古屋を中心に考えれば豊橋へ向かうのが上り、

京都へ向かうのが下りです。

 

突「そういう漠然とした言い方をするから覚えにくいの

ですよ。名古屋から豊橋が上り、豊橋から名古屋が下り」

 

なるほど、東京へ近づく車両が上り、東京から離れていく

車両が下りですね。

決して向きではないのですね。

盛岡から東京が上り、東京から盛岡が下りということですね。

一般的に大都市へ向かうのが上りですが、例外も多々あるので

具体的な説明は控えさせていただきます。

時刻表を見る時大切なことなのでよく覚えておいてね。

ん、私はJRの回し者か。

 

私はホームで、入線してくるN700系のぞみの写真を

撮ろうと秘かに計画を錬っていたのだが、すでに

「のぞみ」は「いらっしゃーい」という感じで

待っていた。

時刻表を見て納得した。

「のぞみ97号」は名古屋が始発駅である。

先頭まで行って写真を撮りたかったが、その間に車輌が

動き出すとヤバいので断念した。

こんな時、礼二さんや玲奈ちゃんがいたらN700系が

どうのこうのと、こうるさい事をいうんだろうけど私は

まったく関心がないのでパス。

白いモンスターは次から次と乗客を飲み込んでいった。

そして私もその胃袋へと吸い込まれていった。

7時6分の始発だというのに空いた席はなかった。(完全には)

私は年配の人の隣の席に座った。

今日はシルバーウィークの中日なのでこんなに

混んでいるのだろうと私は思った。

が、ともかく私はこの場にこぎつけたことに、まずは

ほっとした。

寝坊しないだろうか、名古屋駅で切符を買うのに手間取って

乗り遅れないだろうかと、ゆうべはなかなか寝付けなかった。

 

ほっとしたついでに、ここでのぞみの胃袋の中を詳しく

紹介しておきましょう。

まず、座席がある。当たり前だ。

進行方向に向かって通路から右に2席左に3席これを

一列として一車輌で二十列ある。

つまり百人が座れる勘定である。

猿でもわかる論理だ。

高崎山の猿軍団を敵に回したかな。

これを定員とJRが定義しているかどうかは知らないが、

自由席はそうなっている。

そして窓がある。当たり前だ。

ただしこの窓は開かない。当たり前だ。

窓には日除けのカーテンがついている。

前の席の背に折りたたみ式のテーブルがついていて、駅弁や

ジュースなどを飲むときに使用するようになっている。

頭上には網ではない網棚がある、が使用する人は皆無である。

多くの人は盗られないように荷物は足元に置くか、空いて

いるときは隣の席に置く。

トイレはデッキにあり洗面所もついている。当たり前だ。

トイレの使用状況は灯りでわかる。

灯りが点いていなければ無賃乗車がいないかどうか

開けて調べるし、点いていれば乗車券の確認のため

出てくるまで乗務員は待つ。

ただし、これは乗車券の確認の時のみであるが。

扉の上には電光掲示板があり、停車駅やニュースや

コマーシャルが次から次と流れる。

外国人のために英語でも流れる。

Ladies and gentlemen welcom to the shinkansen

This is the Nozomi superexpress No97 bound for Hakata

We will be stopping at Kyoto ・・・ and Kokura stations

before arriving at Hakata terminal

Smoking is not allowed on this train except the

designated smoking rooms Thank you

みなさま新幹線へようこそ

この列車はのぞみ97号博多行きでございます。

終点博多まで京都…小倉の順に停まってまいります。

なお、この列車は喫煙ルームを除いて全席禁煙と

なっておりますだお代官様。

まあ、訳すとこんなとこかな。

扉の左には藤原竜也のスカイシーの、右には「そうだ

京都行こう」のポスターが貼ってある。

やがて「のぞみ」は京都に着いた。

が、私は京都へは行かなかった。

 

実はみなさん・・・・事前に読者に、私が最初の目的地に

しているのはどこかというアンケートをとっているんです。

184名の回答者のうち関東以北と答えた人が38名、京都と

答えた人が13名おられました。

すでにこれで51名の方が脱落された訳です。

えっ、そんな話聞いてないよですって。

ウソですよ。

中島みゆきの唄の中で私が一番好きな「歌姫」の一節に

女はいつも嘘が好きだね、昨日よりも明日よりも

嘘が好きだねってのがありました。

私の読者は圧倒的に女性が多いのでウソをついてみました。

許して長蛇の列。

どうでもいいことですが2番目に好きなのは「ファイト」です。

 

かなりの客が降りたので席が大分空いた。

私は前から三列目の右窓際に腰を落ち着けた。

なぜ私が扉の近くに座るのかといえば理由があります。

それは降りるとき楽だからです。

ただし弱点もあります。

車内販売です。

この日も前のドアが開くやいなや、販売員さんは猛スピードで

前に進んで行ってしまい飲み物を買い損ねてしまいました。

とりつく島もないというのはこのことですね。

車内販売に期待する人なら財布を出す余裕のある後部を

おすすめします。

そして私が乗ったのは3号車、それに乗ったのにも理由があります。

事故が起きた場合一番甚大な被害をこうむるのは1号車だからです。

人生、一寸先は闇、何が起きるかわかりません。

とにかく1号車には乗らない方が賢明です。

 

突「だったら1号車なんて廃止してしまえばいいじゃない」

 

あのな、号車の問題じゃないんだ、私が言わんとするのは

先頭車輌は危ないということだ。

ギャグなら90点くらいつけてやれるけど、お前本当に

ボケたんだろ。

 

話はちょっととびますが、新幹線の下りは先頭から1、2、3

号車となっており、ここまでが自由席です。

上りは先頭から16、15、14号車となっており、東京博多間を

車輌の向きを変えることなく折り返し運転をしております。

なぜそうなっているのかと言えば「のぞみ」の全長は数百

メートルあります。

これの向きを換えるとなると、(のぞみの全長÷2)の二乗に3,14

をかけた面積の回転台と敷地と膨大なエネルギーが必要と

なってくるからであります。

いかな、当JRといえども車体の向きを変える、ただそれだけの

ために斯様な資金の投入は出来かね、現状に甘んじて

いる次第でございます。

また、なぜ自由席を一番端に設けてあるのかと申しますと

改札口から一番遠いからです。

当社では一番運賃の安いお客様を一番長く歩かせる

方針をとっているのでございます。

あれっ、やっぱりJRの回し者だ。

 

「のぞみ」は京都を出た。

私は窓の外の景色を見た。

子供の頃電車に乗ると窓側に体を向けて座席に正座し

景色を見たものだ。

その頃の好奇心は些かも衰えてはいないらしい。

住宅街やはるかかなたの山々の連なりが新大阪新神戸

まで続いた。

そして幾つかのトンネルをくぐり「のぞみ97号」は岡山駅

に到着した。

8時43分、名古屋駅を出て実に1時間半余りだ。

 

私は21番ホームから8番ホームへと移動した。

結構時間がかかる。

7,8分は計算しといた方がよいだろう。

私の乗る列車はまだ来ていなかった。

私は駅員に自由席の号車と乗り場を聞き、乗降口に

立って列車の到着を待った。

9時頃にやって来た列車はドアが開かなかった。

駅員のアナウンスが流れる。

「しおかぜ5号は折り返し運転のため、車内の清掃を

いたします。清掃が終わるまでドアは開きませんので

しばらくお待ちください」

新幹線同様、「しおかぜ5号」も終日、岡山松山間の折り返し

運転をつづけているのだ。

私は社内の清掃員の仕事振りをつぶさに観察した。

いやな男だ。

シートの向きを変え、車内のゴミを片付けていたが、テレビ

で見る新幹線のそれと比較すると、かなりおざなりであった。

JR四国も敵に回したな。

やがて掃除も終わりドアが開いた。

私は指定席とも言うべき4列目の右窓際に陣取った。

いつも右側に座るが、これでいいんですよ。

これだと帰りは反対側の景色を見ていけますもの。

しばらくは列車の待ち時間が続いた。

その間も「しおかぜ5号」はその胃袋に乗客をのみこんで

いった。

しかし胃袋に飲み込まれた我々は、降りるとき一体

何になっているのだろうか。

やめよう駅弁がまずくなる。

 

9時25分「しおかぜ5号」はゆっくりと動き出した。

時刻表によると後二本遅い「のぞみ」でもこの列車に

間に合うのがわかったが、満足のいく席がとれたかどうかを

考えると早目の出発が正解かなとも思う。

余裕が出てきたのでこの旅初めて車内を見回した。

座席はうんこじゃなくて・・・乗客でほぼ満席、そして

その内訳は観光客が八割、ビジネス客が二割といったところか。

観光客は家族、グループ、カップル、女同士の二人連れなど

様々だ。

しかしこれだけ混んでいるとグループが固まって席をとるのは

不可能なので実態は把握しかねる。

つまり、みんな空いた席に座るので5人なら5人が一人旅状態

となってしまうからだ。

だからグループ旅行をする人に、あえて忠告しておく。

始発駅なら早目に乗降口の先頭に並ぶべし。

始発駅でないのなら指定席にすべし。

やっとJRの派遣社員くらいに昇格したかな。

 

これで私が四国を目指していることは火を見るよりも

明らかとなった。

アンケートによると岡山が8名、広島が6名、博多が11名

別府温泉が7名、長崎が13名、熊本が11名、鹿児島が8名

沖縄が3名、韓国が2名となっており、これでですね、えーと

ちょっと待ってくださいよ、いま計算をしておりますんで、

えーと120名の方が一等の景品10億円を逃したことになります。

どうせウソなんだから金額は大きい方がいい。

あー、それにしてもこれで宮崎、佐賀両県民を敵に

回してしまったかな。

そんな馬鹿なことを言ってる間に「しおかぜ5号」は

瀬戸大橋のレールウェイに乗った。

左手にはすでに先ほどより海が見えており、右手の小高い

山の上にはかなり大きな観覧車が回っている。

あのあたりにテーマパークでもあるのかな。

少し車輪の音が高くなったように感じた。

眼下の所々に島があり道路がつながっている。

きっとホテルを含めた観光施設があるのだろう。

写真を撮りたかったが鉄橋が邪魔してうまく行かなかった。

瀬戸大橋も終わりにさしかかった。

時間にしたら10分くらいのものだろうか。

いよいよ四国上陸である。

なぜか胸が騒いで仕方なくなる。

四国はこれで5度目である。

初めて来た時はまだ、この瀬戸大橋は母親の胎内にも

いなく、宇野から高松までフェリーで渡った。

宇野で列車を降り、階段を降りまた階段を昇り

フェリーに乗った記憶がかすかにある。

記憶違いだったかも知れないが。

2度目に来た時は車でした。

三重、奈良、和歌山を通ってフェリーで徳島に渡り

愛媛の佐多岬までの2泊3日の強行軍で、まるで天井を逆さで

走っているような危ない感覚に襲われた記憶がある。

原稿が残っているのでひょっとしたらいつか披露するかも

知れない。

 

列車はやがて四国へ上陸進路を西へ向けた。

これで最初の目的地が高松、徳島でないという残酷な

現実を、記入した人たちには告げなければなりません。

予讃線、土讃線、徳島線を乗り継いで徳島という手も

ないでもないが、ただ読者の意表をつくためにだけ、

そのような手を使うほど私には時間的ゆとりはございません。

変わり者とよく言われますが、それほどのへそ曲がり

でもありません。

やがて障害物のないきれいな海がみえてきました。

 

 

 

「すると義久さんは1ヶ月前に、釣りに行くと言って家を出たままなんですね」

金田一は老婆に聞いた。

「今は鯛がよく釣れる時期なので毎日のようにでかけていたのです。

あの子は一体どうしてしまったんでしょうかね」

しわがれ声を絞りだすように、義久の母は答え、ハンカチで涙を拭った。

「お母さん、心配しないでください。義久さんは必ず私が捜し

だしてみせますから」

 

金田一は、くまの教えてくれた浜辺に出た。

宮城道雄の春の海が流れてきそうな穏やかな海だった。

金田一は義久の周辺から得た情報を整理してみることにした。

「借金はないらしい。仕事も真面目にしているらしい。

優しい性格で人から恨まれるような人ではないらしい。

一人息子である。船は持っていない。泳ぎも達者である。

健康で病気ひとつしたことがないらしい、か」

金田一は手帳に見入りながら、独り言を呟いていた。

「だとすると事件の可能性は薄い。自殺も考えなくていい

だろう。波にさらわれたのでもなければ・・・・」

金田一は海の彼方をみつめて言った。

「うーむ、この謎は深い」

 

数日後、金田一は仕事上よく世話になる占い師を訪ねていた。

「今日はどうなされた、平助さん」

「マリアさん、また人を捜してもらいたいんだが。名を

義久と言う。1ヶ月前に釣りに出て、それっきり消息を

絶った。まずは義久さんが生きているかどうかを占ってほしい」

そう言って金田一は義久の写真をマリアに手渡した。

マリアはその写真を胸に、数珠を握りしめ、髪を振り乱し

白目をむいて一心不乱に祈った。

やがて床に倒れ、痙攣し、失神をした。

数秒の後、ムックと起き上がったマリアは柏手を打った。

「お答えをいたします。義久さんは生きておられます」

「ほかに何かわからないかい」

金田一はすかさず訊いた。

「きれいなお姫様が見えます。おいしそうな料理が見えます。

鯛や平目が踊っています。酒を飲んでいる義久さんも見えます。

そこは絵にもかけないほど美しいお城です」

そう言ってマリアはお城の絵を描いたみせた。

「そのお城はどっちの方角にある」

金田一の質問にマリアは腕を大きく垂直にあげ、ゆっくりと

水平におろした。

金田一はマリアの指先をみつめた。

「海だ」

 

金田一は再び浜辺に立っていた。

「新種の風俗産業かも知れないな」

口癖の独り言を呟いていた。

「違う、違う。義久さんはそんなにお金は持っていないはずだ」

金田一は自らの推理をすぐさま否定した。

「あーあ、わからないなー」金田一は砂浜で大の字になった。

目の前に青空が広がった。

久し振りに見る青空のような気がした。

亀のような形をした雲が流れていった。

金田一はいつしか眠りに陥った。

 

それが数分なのか数時間なのかわからないが、金田一は子供たちの

甲高い声に目を覚まし上体を起こした。

「おい、生きているぞ」

子供たちは後ずさりしながら叫んだ。

「おいおい、おじさんは昼寝をしていただけなんだ」

「なんでおじさん、こんな所で寝ていたの」

「実はおじさん人を捜してこの浜辺まで来たんだ。それで

ついつい寝込んでしまったんだ。この人だけど知らないかい」

金田一はそう言って義久の写真を見せた。

ガキ大将の少年はしばらく写真をみつめ

「これは・・・亀おじさんだ。みんなそうだろ」

と、みんなに写真を見せた。

全員が頷いた。

「その亀おじさんの話をもう少し詳しく教えてくれないか」

「ずーっと前のことなんだけど僕たちこの辺りを歩いて

いたら海から上がってきた亀にばったり逢ったんだ」

「それで」

「それで少し亀をからかってやろうと、ひっくり返したり、

馬乗りになったり、しっぽを持って振り回して遊んでいたんだ」

「ふむふむ」

「そこへ、この亀おじさんがやって来て、10円あげるから

亀を放してあげなさいと言ったんだ」

「それで」

「もちろん、亀を放してあげたよ」

「その後、そのおじさんがどうなったか知らないかい」

「わからない、僕たちは飴玉を買いに行ったから」

 

金田一は義久の救出まで、義久の実家に居候することになった。

子供たちと別れてはや1週間、金田一は義久の行方を推理していた。

亀、義久、美しい城、美しい女性、そしてマリアの指し示す方角。

「しかし島のないのにどうして城があるのだろうか」

いつしか金田一は鼻ちょうちんを膨らませて寝入っていた。

まるで猫のようによく眠る男だ。

「へ、へいすけさーん、か、亀が・・・・現れました」

少年のけたたましい声に金田一は目を覚ました。

「よーし、てはず通り、事を進めてくれ」

 

黒い服を着た子が亀の甲羅を蹴った。

亀は左によろけた。

白い服と青い服の子が亀の前後を抱きかかえ仰向けにした。

亀は四本の足をバタつかせた。

赤い服の子が「そら、ブレイクダンスだ」と思いっきり

亀を回転させた。

その時金田一が登場した。

「君たち、亀をいじめるのはよしなさい」

まるで学芸会のセリフのような棒読みであった。

「この亀は僕たちがみつけたんだ。焼いて食おうが煮て食おう

が僕たちの勝手だろ」

「じゃ、どうしたらこの亀を放してくれるんだい」

と、やはり棒読みできいた。

「短刀直入に言うけれど20円くれれば言う事きくよ」

とリーダーは言った。

君、短刀は単刀が正解だよと林修が出て来そうだったので

彼を遮って

「よし、わかった」

と金田一は懐から20円を出し子供に手渡した。

やはり棒読みであった。

子供たちは近所の駄菓子屋へ蜘蛛の子を散らすように走った。

同じ方向へ走るのに蜘蛛の子を散らすとは、表現方法が

間違っている、と、また林修が出て来そうな夏の午後であった。

 

「亀さん、大丈夫かい」

金田一は亀を起こし、甲羅の砂を払いながら言った。

ここからは自分本来の言葉で喋り始めた。

「ところで亀さん、この男を知らないかい」

と、義久の写真を見せた。

亀は視野の片隅でチラッと見たが、すぐさまプイッと

そっぽを向いた。

「危うく命を落とすところを救ってあげたじゃないか。言う

なれば私は君の命の恩人みたいなもんだよね」

金田一は亀に頬ずりをしながら言った。

池に突き落とした子供を救い上げ、人命救助で表彰されようと

するような姑息なまねだと作者は思った。

亀は金田一を無視して海へと引き返そうとしていた。

金田一はしっぽを掴んで泣きそうになりながら踏ん張った。

「おい、待ってくれよ」

金田一は最後の手段とばかり、懐からフライドチキンを取り出した。

その、おいしそうな匂いに亀は180度向きを替えた。

いや、ひょっとしたら178度くらいだったかも知れない。

それとも、金田一の立つ位置からして169度くらいの

可能性も否定出来ない。

しかしこの表現方法、あまりウケそうもないから、もうやめよう

と思う作者であった。

「食べる?」金田一は亀のご機嫌を伺って訊いた。

亀は大きく頷き、差し出したチキンをガツガツとむさぼった。

「そんなに急ぐと体に悪いよ。もっとよーく、噛め」

金田一は長嶋茂雄が巨人軍に入団した頃に流行っていたであろう

ギャグをぶちかました。

亀は満足そうな表情を浮かべ、そして首を甲羅の方に向けて

金田一に乗るように促した。

金田一は亀に跨り大海原へと乗り出した。

 

「大変だ、金田一がやって来る」

モニターで一部始終を見ていた義久は慌てふためいた。

義久は酒池肉林かつ桃源郷のこの城から娑婆へ帰る気

などサラサラなかった。

一方、女はほとほと、この男を城に招いたことを後悔していた。

前途ある若者をこんなに堕落させてしまったのは自分だと

いううしろめたさもあった。

しかし、帰れとは言えず困惑していた。

女にとって金田一は一縷の望みであった。

 

金田一を乗せた亀はゆっくりとお城に着いた。

なるほどマリアが描いたような、絵にも描けないほど

美しい城だと金田一は思った。

金田一は玄関のドアをノックした。

おい、ちょっと待て、豪華なお城でいきなり玄関かよ、と言う

読者の声が聞こえてきそうだが、ただただ豪華なお城を表現する

技量不足を平謝りする作者であった。

待っていたかのようにドアは開いた。

女が現れた。

その美しさに金田一は心を奪われた。

「金田一さんですね」女は言った。

「はい」金田一は本能的にそう答えた。

が、心は上の空であった。

久し振りに体験する胸の高鳴りであった。

英語で表現すると、He falls in love with her at first sight

である。

しかし、この場合一方的に金田一が想いを寄せるのであるから

with her は論理的におかしいと思う。

without her が正解だよな。

もし、そうでなければアイドルはファンの数だけ一緒

に恋の穴に堕ちなければならない。

これじゃ忙しくてやってられないよなー。

こんなこと言って笑われているんだろうな

でもいいんだ笑かしてるんだから

逆ジェイソンだ。ワイメリカンピーポ

 

女がどれくらい美しいのかは読者それぞれの想像に任せよう。

限定してはいけない。

作者は綺麗ごとを言いながら執筆活動をさぼった。

まるで泥付き野菜の販売のように。

まるで客に作らせるたこ焼きのように。

「さ、こちらへどうぞ」女は金田一を居間へと誘った。

 

「あのー」

「用件はわかっております。浦島さんですね。遅れましたが

わたしは乙姫と申します」

乙姫は金田一の言葉を遮るように言った。

「いえ、私の捜しているのは義久という男です」

金田一は乙姫に写真を見せた。

「でも彼は浦島と名乗っています。すぐに呼んでまいります」

乙姫は奥の間へさがり、すぐさま浦島を連れて戻って来た。

 

「私は私立探偵の金田一平助と申します」

「浦島です。浦島太郎です」

浦島は機嫌悪そうに答えた。

「お母さんからあなたの捜索の依頼を受けてやってまいりました」

「そうですか。母は元気にしてますか」

あまり関心なさそうに訊いた。

「あなたがいなくなってから急に体力が落ちて今では

寝込んでおられます」

「浦島さん、あなた天涯孤独とおっしゃってたじゃないの。

お母さんがいらっしゃるなら早く帰ってあげて下さい」

乙姫はここぞとばかりまくしたてた。

「おもてに亀が待たせてあります。一人しか乗れません。

どうか一刻も早く帰ってあげて下さい」

金田一は含みのある笑顔で言った。

「あなたは」

浦島は口をとがらせて言った。

「私は報告書の作成が残っています」

「うそだ。僕が去ったあと、乙姫にちょっかいを出そうと

しているんだろう」

軽そうに見えるが、この男、仲々に洞察力があるなと金田一は思った。

確かに浦島が去って報告書の作成が終わり、宴が始まる。鯛や平目の

舞い踊りを眺めつつ次第に酔いも深まって行く。

「ねえ、乙姫さん、×××××××××××」

「いけませんわ、金田一さん、×××××××××」

「いいじゃないか×××××××××××」

「×××××××ああ××××××××」

×××××××して××××××となり××××××の後×××××

で乙姫はぐったりとした。

金田一はまるでエロ小説のような、あられもないことを考えていた。

読者は伏字を文字に替えないように。適当に×を置いただけで中身はない。

したがって正解などどこにもなく、徒労に終わるだけだ。

ま、頭の体操になるから悪くはないけど。

 

「言っておくが、乙姫は僕のものだ。それに僕はあなたよりイケ面だ」

「でも私の方がひげ面だ」

「僕は慈悲深い」

「私だって嫉妬深い」

「僕は脚が長い」

「その代わり座高は私の方が高い」

「僕は腕力が強い」

「私だってひがみ根性は強い」

「僕には熱い血が流れている」

「私だって暑苦しい男だとよく言われる」

「僕はきれのあるヒップホップダンスが踊れる」

「うるせぇ、私だって炭坑節なら踊れる」

「僕は容姿が端麗だ」

「私は性格が冷淡だ」

「僕はピアノが弾ける」

「私だってリヤカーぐらい引ける」

「僕の瞳はコバルトブルーだ」

「私は子供の頃、小鳩くるみの大ファンだったんだ」

あまり長くやると読者にあきられると思った金田一は浦島の

腕をむんずと掴み玄関の方へと動き始めた。

「さあ、帰りましょう」

「何をするんだ。放してくれ」

金田一の手を振り払った浦島は、いきなり右ストレートを

見舞った。

ウィービングでよけた金田一は、その体勢から浦島のむなぐら

に頭突きをかました。

浦島は壁まで突き飛ばされた。

その衝撃で棚にあった玉手箱が床に落ちた。

それがコロコロと転がり乙姫の前まで行って止まりパカリと

ふたが開いた。

白い煙がもうもうと立ちこめ乙姫を包んだ。

あっという間の出来事だった。

浦島と金田一はあっけにとられ成り行きを見守った。

やがて煙の中から白髪の老婆と化した乙姫が現れた。

「それじゃ、僕は母のことが心配なので帰ります。金田一さん

あとは頼みますよ」

と浦島は言った。

「なーに、報告書なんて浦島さんから話を聞けば作成出来なくも

ない。私も帰ろかな」

金田一は言った。

浦島は去った。金田一も去った。そして誰もいなくなった。

一人取り残された乙姫は鏡に写った己が姿を見て

「うーっ、老婆は一日にして・・・・・・成った」

 

御存知金田一平助シリーズ「謎の海底城」より一部抜粋

 

金田一平助 若かりし頃、堤防で若い娘を襲ったが失敗し

      川に逆さまにはまっているところを村の消防

      団に助けられた。助平という言葉の語源とな

      った張本人である。本家金田一耕助とは縁も

      ゆかりもなく、その存在をうとましく思われ

      ている。

 

これは○○年ほど前、私が勤めていた会社の社内報で連載

されていた作品である。

社員数は200人ほどののどかな会社でした。

私がこの会社で小説を書くきっかけとなったのは履歴書の

趣味の欄に「小説を書くこと」と記入したことでした。。

それを見た総務の人がやって来て

「○○さん、今度うちで社内報を発行することになったんですよ。

それで○○さんに面白い小説を書いてもらいたくて」

と依頼されたからである。

とは言え、たまに日記のようなものを書く程度の文章力の私に

果たして「面白い小説」が出来るものかと一瞬躊躇しましたが

、しかし当時私は、グループ会社から移籍して間もない新参者

でしたので私の存在を知らしめる絶好のチャンスでもあると

「はい」と快諾をしてしまいました。

そしていざ書き始めると案外スラスラと出来上がってしまった

のには自分でも驚きました。

おそらく浦島のパロディー版であったのがその理由であろうと

思われます。

ここまでは総てが順調でした。

最大の失策は作者の名を実名で載せてしまったことでした。

作品は面白いと絶賛を浴び、総務さんの期待に応えることが

出来ました。

私はそれをとても嬉しく思う反面、プレッシャーにも感じました。

やがて私の心の中に、全社員の期待に応えるべく、よりよい小説

を作らなければという義務感が生じるようになってきました。

誰もそんなことを望んではいないのに。

いわゆる、自分で自分を針の筵へ乗せてしまったのです。

そして仕事が終わってからの執筆活動、眠る間も惜しんで

私は書き続けました。

これによって私の心身は疲弊し、神経症、パニック障害

うつ病へと移行して行きました。

そして執筆活動は休止を余儀なくされ、社内報は廃刊となりました。

一生懸命頑張った挙句のこの結末。

私は神を恨んだ。いや、もはや神の存在など信じなくなった。

随分と辛い出来事でした。

 

何が原因でこのような悲惨な結末にたどり着いたのだろうか。

今、私は思う。

つきつめればそれは私の功名心だ。

わかりやすい言葉で言えばスケベー根性だ。

結局この功名心が私の首を締めた。

天の与えてくれた才能を、自分の手柄にしようとした

私への天罰であったと思う。

子供の頃に読んだ書物に芥川の代表作の「蜘蛛の糸」というのがある。

地獄の亡者であるカンダタにお釈迦様が、彼が生前蜘蛛を

助けたことがある善行に対して蜘蛛の糸を垂らしてやる。

カンダタは糸をよじ登り、あと少しで極楽にたどり着く、という

ところでふと、足元を見ると大勢の亡者たちも登って来る。

その時カンダタは「これは私の糸だ。登って来るな」と叫んだ。

その途端蜘蛛の糸はぷっつりと切れて、カンダタは再び地獄へ

堕ちていくというストーリーだったと思う。

このカンダタの「お前たちは登って来るな」の叫びと私の実名の

選択とは酷似しているような気がする。

 

この辛い出来事から学んだ教訓

人の才能は天から与えられたもの、自分が努力して勝ち得たもの

ではない、したがってその才能を自慢せず、ただ、その才能は人様の

ために使うべし。

才能を授けてくださった天が私に知ってほしかったのはこのことで

あったろうと思う。

では私はその時どうすれば良かったのだろうか。

私はペンネームを使い楽しく気楽に執筆活動をしていけば

社内報は継続され、健康を損ねることもなかったかも知れない。

誰が書いているか知らないけれど、うちの新聞は面白い、そういう

風に社員が思ってくれればそれでいいじゃないかということです。

転んで、私はこの教訓を掴んで起き上がりました。

突っ込みがいたら「それ、犬の糞ですよ」なんて言いますけどね。

彼は今ちょうどウンコしに行ってます。

 

そういう結論に達した今、また原稿を書いて、少しでもいいから

皆さんに楽しんでもらいたいなと思うようになりました。

才能があるって言葉とても謙虚ですよね。

努力の人だと言う人の方が傲慢ですよね。

努力も必要ですけど才能の種がない畑に才能の芽は育たないもの。

最後まで読んでもらえるのは才能、一人でも読んでくれる人が

いれば才能。

美貌も才能、腰が低いのも才能、今の仕事が続けていける

のも才能、そういう事です。

そんな訳で命尽きるまで私は書き続けていくことでしょう。

随分と回り道をしてしまったが、無駄もまた人生には

必要でしよう。

琴風、出てくるなよ。

 

しかし、悪い事ばかりではありません。

辛い思いをして頑張った3年間にたまった原稿用紙。

いつかまた使う機会があるかとストックしておきました。

読み返してみると、古くてとても使えないもの、remake

すれば何とか使えるもの、などなど色々あります。

今後これを紀行文の間にちりばめて使ってまいります。

 

それにしても乙姫を老婆にしてしまって申し訳ない

気持ちで一杯です。

この物語に乙姫を老婆にしなければならない教訓は含まれて

おりません。

ただ、ストーリーを面白くするためにだけ彼女に犠牲に

なってもらいました。

勿論of course、このストーリーには続編がございます。

それとは別のストーリーも構想の中に入っております。

例えば「乙姫の逆襲」だとか「その後の海底城」とか

うまく行けばブログに載ります。

が、うまく行かなければ、そんな話あったかしらん、と

すっとぼけます。

 

さらに列車は進むぼくらを乗せて

シュッポシュッポシュッポッポ

速いな速いな窓の外畑も飛ぶ飛ぶ家も飛ぶ

 

宇多津を過ぎ多度津を過ぎ丸亀も通過した。

正解の可能性のある回答者はあと33名となりました。

電光掲示板の英語バージョンが流れた。

We will soon make a brief stop at kanonji

私は目の前のテーブルをたたみ、足元のリュックを背負い

デッキへと向かった。

やがて列車は掲示板の予言通り停まり右側のドアが開いた。

私は列車を降り体を90度左に向け30メートルほど歩いて

右側の改札口を出た。

 

駅の構内のベンチに座りアンケートの全てに目を通した。

い、いました、正解者が一人いました。

10億円おめでとうございます。

山梨県大菩薩峠在住の机竜之介さんです。

机さん、本当におめでとうございます。

もう一度確認しますと、観音寺、えーと、ルビが

ふってありますね、かんのんじ、あれ、ここは

かんおんじですよ、机さん残念ながら不正解です。

ルビさえふらなければ10億円でしたのに。

残念ですね、机さん。雉も鳴かずば撃たれまいでした。

それではみなさんごきげんよう。

 

机竜之介が生きていたら「人を馬鹿にしやがって」

なんて私はメッタ斬りされているだろうな。

 

駅前の路をまっすぐ進み最初の(駅前の信号は除く)

信号を左折し2つ目の信号を右折した。

大きな橋を渡り、すぐにある小さな橋を渡り右に

300メートルほど行って左に曲がると私の目標

とする建物がそこにあった。

 

 

 

 

どうです、この写真、猿の惑星第一部のラストシーンの

自由の女神にも匹敵する感動を覚えませんか。

 

突「あほか、お前は」

9月21日はまだまだ続く。