4月13日
グーグーと鳴く腹の虫に、目を覚めさせられた。
5時、朝飯のバイキングが待ち遠しい。
テレビを点ける。
天気予報をやっていた。
どうやら天気は下り坂のようである。
豊田を発つとき週間天気予報で傘マークを3つ見たから
覚悟はできている。
雨を怖がっていてはお遍路は出来ない。
若い頃、なにかとやらなくていい理由ばかりをみつけては
面倒な事を避けて生きてきた。
面倒な事と楽な事、道路で言えば上り坂と下り坂。
この2つの選択肢に直面すると、下り坂ばかりを選んでいた。
すると周囲はどんどん暗い世界となり、やがては
どうしようもない袋小路に突き当る。
そこは暗くて寒くて人っ子一人いない、この世の地獄なのです。
幸せに生きるなら出来るだけ上り坂を選んだ方がいい。。
その方が道が拓けるはずだ。
経験からそれは絶対間違いない事だと思う。
そう思うから私は敢えて、傘マークを無視して
お遍路にやって来た。
6時55分になった。
いつでも旅立てる準備も整ったのでエレベーターで
2階に向かう。
エレベーターのドアが開くと先客が2人いた。
みんな朝食が待ちきれないみたいだ。
写真の高橋親子もおはようと挨拶しているみたいだ。
食堂に入るとすでに数人が食事をしていた。
このバイキングが目当てのリピーターが結構
いるのではないかと私は思う。
メニューは寸分の狂いもなく昨年と同じだ。
ポテトサラダがマカロニサラダに変わった以外は。
最近ジャガイモの値も高騰しているので
マカロニに替えたのかなと、主婦としての
一面も見せるしろひ猫であった。
どうせただなんだから、できるだけたくさん食べよう
と、意地汚く考えていたがあまり食べられなかった。
7時20分ホテルを出て、JR松山駅に向かう。
駅前の公衆電話から、今日宿泊予定の宇和島
グランドホテルに予約を入れようとしたが
さっぱり通じない。
この時刻ではフロントはいないことも多いので
あきらめて、昼頃かけなおすことにした。
いつもの、松の木の前のコンクリートに腰掛ける。
2人の人が目の前を通る通勤、通学の人たちにビラを
配っている。
拒否する人が3割、打者なら一流だ。
受け取る人が7割、投手なら勝率第一位だ。
しかし受け取った7割の人のうち読まずに捨てる
人が8割だろう。
私のブログとほぼ同率だ。
徳島のバス乗り場でも私はこのような光景を
4日間、目の当たりにした。
おそらくキリスト教かなんかのチラシではないかと思う。
やはり宗教関係のチラシではね、みんな避けて
通って行くと思うよ。
せめてちらし寿司のチラシだったら飛びつく人も
いるかも知れませんけどね。
突「そういうのを親父ギャグと言うんだ」
おっと突っ込みが、わめきちらしております。
そう言えば背後に石碑が立っている。
何度もこの場に座って、その存在は知っていたのだが
何が書いてあるのか見たことがない。
春や昔 十五万石の 城下
と、あるが下の二文字が解読不可能である。
台風か何かで石が飛んできて欠けちゃったんじゃ
ないかな。
突「こんなアスファルトの街のどこに石があると
いうのですか」
だって十五万石と言うじゃないですか。
歌「山田君、猫さんに座布団2枚さしあげて下さい」
山田「はい、かしこまりました」
ビラを配っている人に訊いた。
若者は嫌な顔ひとつせずスマホで調べてくれた。
「あれはかなです」
春や昔 十五万石の 城下かな 正岡子規
タクシーが客待ちをしている。
30台ほどが行列をなしている。
一列車来るたびに3台くらいさばけていくといった感じかな。
まだ7時代、通勤通学の時間帯だから行列も進まない。
観光客の増える9時代になれば一気に流れるのだろう。
昔、このロータリーを逆方向に車で入ってしまった
ことがある。
当時のタクシーの運転手さんというのは、気の荒い人が
多く殺されそうなほど怒鳴られたのをよく覚えている。
ま、私の三河ナンバーを見て、何とか許してもらえたが。
JRバスの案内所に寄る。
久万高原行きのバスのきっぷはここで購入するのですか
と訊くと、ここは高速バスの切符売り場で久万高原行き
は路線バスなのでバスの中で買ってくださいと言われた。
料金はいくらですかと訊くと1380円だと言う。
またまたJRのコマーシャルになってしまうが、JR四国には
四国再発見早トクきっぷというのがある。
土、日、祝日、振替休日に快速普通の自由席が乗り降り
自由なきっぷで、おねだん2060円でJR四国の駅のみどりの
窓口、ワープ支店、駅ワーププラザ及び四国内の主な
旅行会社で発売している。
もちろん鴨島駅でも発売しています。
JR四国の全線と土佐くろしお鉄道の若井窪川間と
JR路線バスが乗り降り自由なのである。
私はここで、JR路線バスというところに着目した。
久万中学まで1380円、往復すれば2760円なのです。
ところがこの早トクきっぷを使えば2060円で目的は
遂行できるのです。
差し引き700円もおトクなのです。
700円のラーメンが食べられます。
800円のラーメンだって100円足せば食べられます。
900円のラーメン
突「Shut up ちーとくどいぞ」
がーーっ、私の乗る8時15分発のバスは、なんと休日運休
なのです。
一つ早い6時30分のバスに乗れば、ホテルのバイキングが
食べられない上に、大寶寺バス停で3時間も待ちぼうけです。
一つ遅い9時55分のバスに乗れば、岩屋寺の帰りに大寶寺に
寄らなければならず、松山着が17時になってしまうのです。
だから私はどうしてもこの8時15分のバスに乗りたいのです。
出来ることなら、この早トク切符を使って乗りたかった
のですが世の中思うようになりません。残念。
バースデイきっぷにもグリーン紀行にもフリーきっぷにも
この路線バスはついていますけど、高い料金なので
一日の大半を費やすこの路線バスのお遍路のために
使えません。
それ以外のバスでいいって方はどうかこの早トク切符
を使ってラーメンでも食べてください。
これって(このダイヤ)偶然でしょうか、それとも意地悪
なんでしょうか。
私は2760円かかる8時15分の便に乗った。
バスは市役所前、大街道、3丁目と市内を廻って客を
拾い、立花駅を通って33号線へと入った。
伊予鉄バスの森松行きと全く同じルートだ。
バスは郊外に出て重信川を渡り砥部を抜け久万高原
へ入った。
ワインディングロードが続く。
若かりし頃こんな道をバイクで走ったことを思い出した。
塩ヶ森辺りは断崖絶壁の怖い道が続く。
ふっと、車内を見渡すと左側に座っているのは私
だけだった。
これも偶然でしょうか、それとも崖下を見るのを
住民は避けているのでしょうか。
そんな時、昔、私が作ったギャグを思い出した。
俺の友達に茂次郎という男がいる。
男前でよく女にモテる。
奴が通学の電車から降り、線路と並行した帰り道を
歩くと女どもが窓際に殺到し、よく電車が倒れたもんだ。
電車倒しの茂次郎と異名をとった。
しかし俺だって負けちゃいない。
俺だってよく電車を倒した。
もっとも倒れる方向は逆だったがね。
私はこういうフランス小話的考え落ちというのが好きなのです。
この小話をお年寄りが聞いたら二コリともせずに多分こんな
ことを言うでしょう。
「なんで電車が倒れるだや」
「女の子が反対側にみんな行っちゃったからさ」
「なんで反対側に行っちゃうだ」
「そりゃ、この、俺という男がキモイからだよ」
「いくらみんな行っちゃったからといって電車が
倒れるだかや。もしそうなら設計にミスがあるぞ。
損害賠償はこの設計士に求めるべきだ」
このクソジジイ、首絞めて殺してやろか。
いや、待てよ、このクソジジイのが一枚上手かも。
山岳地帯の天井を走ったバスは9時30分久万
中学校前に着いた。
いつもの、ガイドブックからちぎった地図を片手に
私は大寶寺をめざした。
停留所からやや行って左に曲がり1キロほど行くと
頭上にも、足元にも大寶寺への目印がしっかりとあった。
さらにそこから山道を1キロほど歩き大寶寺に着いた。
賽銭を投げ入れ私は虫のいいお願いをした。
カブトムシよ、お前は虫のいい奴だなってね。
どうか勉強しなくても東大に入れますように、とか
あんまり努力はしなくても○○ちゃんが彼女になって
くれますようにとか、飛行機が墜落しても地上寸前で
浮いてますようにとか、3連単の一千万が千円分でいいから
とれますようにとか。
とにかく私を含めて人は虫のいいお願いをする。
仏様だってそんなお願いきけるわけがない。
最善の努力をしてあとは運を天にまかせましょう。
来た道を引き返し大寶寺口のバス停に着く。
10時30分、バスが来るまで、まだ30分もある。
バス停の時刻表を見る。
岩屋寺行きのバスは次に来る一本だけである。
確か昨年までは5本くらいあったのに激減である。
私はごきげんななめになってしまった。
突「しらーー」
30分もあるのなら近所を散策すればと思うが、これを
逃したらもう後がない。
折角持ってきた週刊競馬ブックもJR松山駅のコイン
ロッカーのリュックの中だし。
昨日に比べ雲が出ているせいか肌寒い。
それに風も強い。
私は近所の公園の屋根付きのベンチでバスを待った。
需要がないのであるから、供給が断たれるのは
経済の原則。
これから増々、高齢化、過疎化が進めばこの路線の
廃止もやむをえないのかも知れない。
バスは10分遅れてやって来た。
バスが着く直前に、私の前を豊田交通のマイクロバスが
通った。
豊田交通なんて全国どこに行ってもありそうな名だと
思ったが、一応ナンバープレートを見た。
豊田ナンバーであった。
四国へ来てまだ2日目であるがひどくなつかしくなった。
どんな人たちが乗っているのか、少し気になったが
とにかく私はバスに乗った。
乗客は私を含めて4人、整理券はなかった。
再びワインディングロードを快適に進んで行く。
狭く暗い道、雨が降ったらがけ崩れが起きそうで、
即通行禁止になりそうな、そんなイメージを持って
いた道であったが、大型同士が全速力ですれ違っても
大丈夫なほどの広い道だった。
あちこちでウグイスが鳴き、赤、白、桃、ピンクと
色とりどりな桜が咲く。
春を満喫できる県道12号線であった。
途中で運転手さんから遅延の理由がアナウンスされた。
それによるとJRバスとの接続のためだと言う。
つまり南予バスとJRバスは連絡をとっているのだ。
松山駅9時55分発のJRバスで大寶寺口11時01分には
いささかの無理があると疑問に思っていたがこれで
謎が解けた。
おそらくこのバスは毎日時刻表より10分くらいは
遅れる筈だ。
しかしこのバスに毎日乗る人は皆無である。
だから乗った人は今日だけ遅れたのだと思う。
すっとこどっこい、人の目はごまかせても、この
しろひ猫の目だけはごまかせはしない。
別に私は構いませんけどね、むしろネタを提供
してもらえたので有り難く思います。
後でバス停の時刻表をよく見たら、接続のため15分
ほど遅れることがございます、と断り書きがあるのを
発見した。
私はこういうのをよく見落とす。
帰りのバスは岩屋寺13時05分発、久万営業所13時30分着
JRのバスが久万中学校前13時35分発で若干の余裕がある。
でも、もし南予バスに何らかのトラブルがあって定刻
より遅れたとしてもJRバスは待っててくれるということだ。
突「南予バスの片思いだったりして」
「きゃいーん」
もし皆さんの中にバスを使って岩屋寺へ行く人が
いるのならJRと南予は連絡をとっているので
乗り遅れの心配はしないで下さい。
また2本ある上直瀬行きも直瀬川橋バス停で降りて
岩屋寺まで歩けば、バスで4分の距離だから、久万から
まともに歩くことを考えれば随分と楽できると思います。
この便を利用しない手はないと思います。
ただし岩屋寺と直瀬川橋の間に2つのトンネルがあり
一つには歩道がないので十分気を付けるように。
11時35分岩屋寺バス停に着いた。
直瀬川にかかる橋を渡り、二つの駐車場を抜けると
心臓破りの階段が待っていた。
ガイドブックによると山門から220段登った所に
本堂があり、と書いてあるが切幡寺の234段の階段
よりそれは5倍くらい私にはきつく思えた。
地図で見るとバス停と岩屋寺の距離は200メートル
くらいであろうか。
それが20分の所要時間とはおかしいと思っていたが。
まさに百聞は一見に如かずで、こんな仕掛けがあるとは。
つまり地図上バス停と岩屋寺は200メートルの距離
ではあるがその間に高低差が100メートルあると
考えておけばいい。
これはあくまでも私の感覚ではあるが。
しかも切幡寺のような階段ではなく、石段であり、
80センチほどの奥行で、じぐざぐと九十九折り
になっている。
普通奥行きの深い階段というのは、なだらかな
ものなのだが、一段の高さが高いのでとにかくきつい。
心臓病や高血圧の人はゆっくりと時間をかけて
登った方がいいと思います。
お酒を飲む人は前日は控え目にした方がいいですよ。
心の準備ができてなかっただけに余計にきつく
私には感じられました。
本堂をお参りしてベンチで昼食を済ませた。
参拝客は石手寺には及ばないが、私が訪れた札所の
中では2番目に多かった。
88ヶ所廻るのだから、どこでも同じでなければ
ならないのに不思議だと思う。
多分、駐車場からお寺までが一本道であること、
しかも距離が長く坂道がきついので時間を
かけて登ること、そのため境内で疲労回復のため
長くとどまること、などが理由でお遍路さんを
たくさん見るからだと思います。
納経所で交通安全のお守りを買う。
今年は初詣も行かなかったのでまだ買ってなかった。
納経所はご覧のような洞窟の中に作られた
文字通り岩屋でした。
お守りも、どこの札所でも売っていたが私は
「ここでいーわや」と親父ギャグをこきながら買った。
三河弁で、標準語に変換すると「いいじゃないか」
という意味になります。
石段を降り、橋を渡り、突き当たりの商店で、このあたり
に公衆電話はないかと尋ねた。
女店主は「ない」と、猫の鼻のように冷たく言い放った。
宇和島グランドホテルに予約の電話を入れよう
と思ったが、またしても失敗に終わった。
時刻は12時30分、バスの時刻まで35分もある。
店主のそばに椅子があったので、座ってもいいかと
訊くと、どうぞと言う。
店内を見回すとパラパラと数えられるほどの
商品があった。
お土産を売ってる店ではない。
集落に一軒ある、ちょっとしたものを売っているお店だ。
ちょっとしたものとは、例えば切らしてしまった醤油
とか、夏の暑い日のアイスクリームだとか、近所で
取れた山菜だとか、集落の人たちが世間話がてら
買いにくるお店である。
もう豊田には、このような店は皆無となってしまったが、
四国にはちょっと田舎へ行けばいくらでもある店だ。
私はここで、珍しい柿の羊羹を買い、店主と30分ほど
世間話をした。
路線バスの本数が減って不便になった話、この店が
観光バスの駐車料金徴収所であること、岩屋寺が檀家
を持たない寺であること、不動明王がご本尊で
あること。
その間も近所の住民が二人ほど買い物にきた。
大寶寺で見た豊田交通のマイクロバスが橋を
渡って行くのも見えた。
バス停に戻り、13時05分のバスに乗る。
来る時2人だったお遍路さんも、帰りは私一人だった。
バスを動かす燃料を買い、運転手さんの給料を払い
たったの550円の料金しか入ってこないんじゃ
この路線が廃線の道を辿るのも致し方なしか。
赤字分は多分この地方の自治体の税金で賄われる
のであろう。
この自治体の住民でもない私のために。
申し訳ない気持ちで一杯だ。
突「でも猫さんが乗らなければもっと収入は減りますよ」
突っ込み、お前はなんていい奴なんだ。
私は突っ込みを抱きしめ、キッスの雨を降らした。
突「それ、徳島編その1で使いましたよ」
大丈夫、誰も覚えちゃいないさ。
それにしても一緒に来た人はどうしたんだろう。
このバスに乗らなければ久万まで歩くしかない。
店主によれば4時間かかるという、松山まで帰ると
なると暗くなっちゃうよ。
札所の近辺には、よく見ると宿は結構ある。
何度もお遍路をしている人はそういう宿のリピーター
になってる人が多い。
多分彼はお馴染みの宿に予約がしてあるのだと思う。
久万まで行く間に途中から4人のお遍路さんが乗って来た。
私の精神的苦痛も少しはやわらぐ。
久万に着く、JRバス乗り場に移動する。
バスを待っているとバス停に一台の乗用車が止まった。
ドアのガラスを開け何やら喋っている。
バス待ち人は私を含めて3人、多分隣にいる女の人が
奥さんなのだろうとよそを向いていたが、どうやら
話しかけている相手は私だったようだ。
どこへ行くと言う、松山駅と答える、お遍路でしょ
と言う、そうですと答える、浄瑠璃寺でしょと言う、
いえ次は明石寺ですと答える、浄瑠璃寺なら乗って行けば
と思ったが残念と言う、有難うございますと答える。
なるほど後部座席のハンガーにはお遍路の白衣が
かかっていた。
45番が終われば当然46番だと思う。
でも浄瑠璃寺は昨年すでに訪れている。
もしそうでなければ、私は間違いなく彼の車に
便乗していただろう。
時刻は13時30分、おそらく17時の、納経所が閉まるまでに
51番札所まで彼の車でなら行けるでしょう。
しかしそれではお遍路の有難味がなくなる。
昨年46番から51番札所までお参りをしておいて
良かったとしみじみ思う。
この先で、どうしても車に乗せて欲しいと思う札所は
81、82くらいのものだから。
でもお遍路をしていると、こうしていろんな人に
巡り会えてほんとに楽しい。
いつも言うがお大師様のお蔭だと思う。
これが一人旅のいいところだとも思う。
大勢だったら声をかけることもなければ、かけられる
こともない。
ただの日常性の大移動でしかない。
右を見ても左を見ても見慣れた顔ばかり。
これじゃ旅する意味がない。
14時45分、松山駅着、すぐに卯之町までの特急券と
卯之町宇和島間の特急券をまとめて買う。
公衆電話からホテルの予約をすると、空き部屋が
あり、名前と電話番号(自宅の)と到着予定時刻
を告げる。
特急宇和海の乗り場は改札口を出て左の方へ
行った所にある。
右の方が特急しおかぜの乗り場で、どちらも
同じホームで、折り返し運転となっているので
とても便利だ。
15時20分宇和海16号は3輌編成でやって来て
15時27分発宇和海19号へと変貌を遂げる。
車内では腕っぷしの強そうなおばちゃんが
椅子の向きを変えている。
当然私は自由席に座った。
英語で言うとnon reserved seat である。
和製英語で言うと free seat である。
予約がない席であるから誰が座っても自由なのである。
早い者勝ちなのである。
だから自由席なのである。
突「inを忘れたくせに」
車窓から段々と民家の数が減っていく。
線路は向井原から、海側を通る予讃線と、山の中を通る
内子線に別れる。
特急宇和海は内子線を走る。
その名の通り最初からあったのは予讃線であろう。
後から出来たのが内子線であろう。
道路の場合、渋滞緩和のためにバイパスが出来、やがて
そのバイパスが本道となり、本道は旧道と言われるようになる。
しかし鉄道の場合、線路名を変える訳にもいかない
からそのままになっている。
特急宇和海がなぜ内子線を走るのか私にはわからない。
わからないから私は推理する。
事あるごとに、なぜだろうと私は考える。
そしてそれは沢山の本を読むことよりも大事なことだと思う。
何日もかけて難しい数学の問題を解くのによく似てる。
私の出した結論、その1、内子線の方が乗降客が多い
その2、特急が走るには予讃線では物理的困難を伴う
その3、運転手さん達の人気投票で
その4、特急宇和海が海辺を走る度に、「うわっ、海だ」
とか言ってお客さんを閉口させるから。
私としては、その4が最も可能性が高い理由ではないかと
見ている。
予讃線は別名、愛ある伊予灘線と呼ばれている。
突「伊予灘はじゅーろくだからー」
ま、65点くらいかな。
私は宇和海で愛内子(あいないこ)線を行く。
突「怒られますよ、沿線住民に」
大丈夫、今度ここを通る時は伊予灘線を使うから。
16時30分、卯之町に着く。
ホームへ降りると、パラパラと小雨が降っていた。
ガイドブックによると明石寺へは歩いて35分とある。
納経所のdeadlineではなくてshutters closedに
間に合うかどうか微妙である。
もし間に合わなければ、宇和島グランドホテルは
キャンセルし、この辺りに宿を探さなければならない。
そして明朝、再度明石寺を訪れなければならない。
なんとか私は自分を正当化し、タクシーに乗った。
「明石寺までやって下さい」
運転手さんは明石寺を知らないような口ぶりだった。
三角寺の時も、切幡寺の時も、鶴林寺の時も、タクシー
の運転手さんは皆、よくは知らないが何とかなるでしょう
的な発言をする。
きっとマニュアルにあるんでしょう。
10分もかからずに明石寺に着いた。
「この後、どういたしましょう」
との運転手さんの投げかけに私は思案した。
ますます雨脚は強まり、買って来た折り畳み式の傘を
おろすのもやっかいだった。
「帰りも乗りますんで、待ってて下さい」
私は一目散に本堂へと向かった。
帰って来てタクシーに乗ると810円のタクシー料金は
1050円に跳ね上がっていた。
細かいことを言う男だと思わないで下さい、ただ
記憶していたから書いたまでのことです。
帰りは来た道とは違い、車がやっと通れるような道だった。
道中運転手さんはこの辺りの宿の紹介をさかんにしていた。
私が宿が気が進まないのは、以前にも書いたが畳の部屋が
嫌いなこと、戸締りが出来ないので盗難に遭いそうで
あること、客が一堂で食事をすることなどが理由である
旨を伝えた。
まさか江戸時代の宿じゃあるまいし、と運転手さんは笑った。
とにかく、私はビジネスホテルが好きなのである。
leave me alone なのである。
突「えっ、リーブ21ですか」
バカ。
1050円に、来た時の運賃810円を足せば2,000円近く
になるのかなと思っていたが意外にも1530円であった。
何も言ってはいけない、彼らにも生活がある。
藁を束ねて作った象が2匹、田んぼで遊んでいるのを
車窓から見ながら18時宇和海は宇和島に着いた。
駅前の闘牛が私を迎えてくれた。
「もう、ずっと待ってたんだから」
私にはそう聞こえた。