結願編その3

6月11日

5時半に起きた。

朝風呂に入って、サンドイッチを食べた。

ゆうべもビールで結願の祝杯をあげた。

缶ビール1本だけではあるが。

しかし、あまり感動はない。

今回は初めてのお遍路、般若心経も唱えなかったし、

行き当たりバッタリで半分物見遊山的であったし、

タクシーも使ったので達成感がないのかも知れない。

6時半ホテルを出る。

6時35分栗林駅到着、券売機で多度津までの乗車券を買う。

6時54分乗車、7時02分高松駅降車。

駅窓口で松山までの特急券を買おうとしたら、車内で

買ってくれと言われた。

高松駅は、宇和島駅と同じで行き止まりの駅である。

したがってホームを替えるのに線路を跨ぐことも

なければ、橋をわたることもない。

ただホームの先がコンクリートの床と繋がっているので

好きなホームへ陸伝いに行ける。

7時37分発のいしづち1号に乗れば10時05分には

私を松山駅に届けてくれる。

7時22分、7番線ホームにいしづち1号は入線した。

やはり始発駅は確実に座れるから気持ちがいい。

途中で特急券を買う。

乗務員は女性であった。

私は2日前、松山行きの乗車券を多度津まで使ったこと、

その後は名古屋駅で買った多度津詫間、詫間八十場、

八十場志度の乗車券でお遍路を続け、今朝栗林駅で

買った多度津までの乗車券と、途中まで使ってある

名古屋松山間の乗車券を合わせて見せ、高松松山間の

特急券を求めた。

女性乗務員は?????って感じになってしまって私の

言ってることが理解できなかったみたい。

やはり女性は、こういうややこしい話が苦手みたいである。

えっ、俺も理解できないぞですって。

すいません、今後は何も言わずに特急券を求めます。

質問されたら答えればいいですものね。

列車は宇多津で「しおかぜ1号」と連結された。

いつも私は「しおかぜ側」にいるが、今回初めての

「いしづち側」である。

先に来ている「しおかぜ」の後ろで列車は止まる。

再び動いて直後でまた止まる。

そしてゆっくりと、まるで予土線のように進み

連結は終わる。

列車は動き出し、いつものように美しい海岸を進む。

 

 

 

「実は娘のことで相談にのって頂きたくやって

まいりました」

初老の男は言った。

「どんなことなのでしょうか」

金田一は尋ねた。

「娘・・久美子と申しますが、昨年の夏に突如

私達の前から姿を消してしまったのです」

「警察には届けたのですか」

「一応、捜索願いは出したのですが、警察は事件を

解決する所、未然に防いでくれる所ではないので・・・」

「ふーん、何か書き置きのようなものは」

「何もありません。前日まで何不自由なく幸せに暮らして

いました。少なくとも私達にはそう見えました。だから

家出をしたとは考えられません」

音姫がお茶を持って部屋に入って来た。

「お茶をどうぞ」

お盆の湯呑み茶碗をテーブルに移しながら、舌足らずな

口調で音姫は言った。

「お子さんですか」

男は軽く会釈をしながら、金田一に向かって言った。

「ええ、まっ、そんなとこです。ところで久美子さん

の写真はありますか」

金田一の問い掛けに、男は胸のポケットから写真を

取り出し、金田一に渡した。

絶世の美女だと金田一は感じた。

「久美子さんは彼はいましたか」

「はい、昨秋に結婚するはずの婚約者がいました」

男の妻が言った。

「それで、この度の用件とは」

「はい、娘を捜し、連れ戻して欲しいのです。私達も、

それに彼もそれを強く欲しています」

「わかりました。安心して待ってて下さい」

自信はなかった、しかし金田一は自信たっぷりに

ふるまった。

 

「音姫、この写真で久美子さんの行方を占ってくれ」

金田一は写真を音姫に手渡した。

音姫はピアノの前に写真を立てた。

その写真をみつめながら一心不乱に祈り、そして

歌い始めた。

まいごのーまいごのーくみこさん

あなたはいーまーどこにいる

歌いながら音姫は鍵盤に突っ伏し、気を失った。

鍵盤が大きく鳴り響いた。

しばらくの後、音姫はゆっくりと頭をあげ、

柏手を打った。

再び鍵盤が鳴り響いた。

「お答えをいたします。久美子さんは生きておられます。

毎日お酒を飲んで、酔いどれになっています」

「そうか、それで今どこにいるんだ」

音姫はサタデーナイトフィーバーのジョントラボルタ

のように右手の人差し指を天に向けた。

 

「大丈夫ですかね。三人も乗って」

心配そうに浦島は言った。

「大丈夫さ、改造キンカメはパワーアップしたんだから。

それに帰りには一人増えるから四人乗りになるんだ。毎日

フライドチキンを食べさせているんだから頑張って

もらわないと。頼むよ、キンカメ」

金田一はキンカメに向かって言った。

キンカメは大きく頷いた。

その背中には四人乗りの座席が設けられていた。

金田一は娘の音姫を抱き上げキンカメに乗せた。

つづいて金田一、最後に浦島が乗り込んだ。

「さあ、いくぞキンカメ Fly us to the Moon」

キンカメはゆっくりと宙に浮き、旋回をしながら

目的地を目指した。

 

三人とキンカメは三日後に、とある大地を踏みしめた。

しかし、このだだっ広い大地のどこに久美子さんは

いるのだろうか、どこから手をつけていいものかと

悩む金田一であった。

「とにかく歩こうか。まずは人を捜さなければ

話にならない」

空にはポッカリと青い地球が浮かんでいた。

ちきゅうがとってもあおいからー

とーおまわりしてかーえろー

いきなり音姫が唄い始めた。

「音ちゃんは、とっても歌がうまいねぇ」

浦島が言った。

明るい地球灯りの中三人は歩いた。

やがて音姫の足がバッタリと止まった。

「どうした音姫」

「疲れちゃったよー」

音姫が駄々をこねだした。

金田一と浦島が交互におんぶしながら進むと

砂漠にさしかかった。

一頭の駱駝がいた。

「ラッコさん、乗せて貰えるかい」

金田一は駱駝の手綱を持つ人に言った。

「ラッコさんって、どういう意味ですか」

浦島は金田一に尋ねた。

「馬を御す人が馬子、ならば駱駝を御す人は」

金田一は浦島に問い返した。

「駱子・・・さんですよね。すると駱駝から落ちる

ことは」

「ラクラク」

音姫が駱上から得意満面に言った。

金田一と浦島は拍手喝采をした。

「ところでラッコさん、久美子という絶世の美女を

知らないかい」

金田一は懐から出した写真を見せた。

「顔は見たことはないが、噂にはきいたことがある。

たしか、この先のお城に住んでて、人々はプリンセス

カグヤと呼んでいる。ところであんた、あの娘のなんなのさ」

ラッコがヤバイセリフを吐いた。

「私はただの探偵であり、久美子さんは依頼主の娘さん

です。ただそれだけのことで、それ以上でもそれ以下でも

ありません。で、そのお城まで距離にして どれくらいある」

「300ムーンkm、地球の距離に換算して30kmくらいです」

わかっているなら最初から地球の距離で言え、とムカつく

金田一であった。

「そうか、30kmか」

辿り着けない距離ではないと、金田一の心に一条の

光が射した。

つきのーさばくをーはーるーばるとー

たびのーらくだがーゆーきーましたー

音姫の美しい歌声が大地に響き渡った。

青い地球に照らされたロマンチックな地球夜であった。

2時間も歩いたころ唐突にラッコが言った。

「あのー、わたしこのあたりまでが営業区域なもので、

引き返したいと思います」

「そうか、ご苦労さん、いくらだ」

「500moon頂きます」

ラッコと駱駝は去り、三人は再び歩いた。

「あそこに、なにか紙切れのようなものが落ちてますよ」

浦島は歩み寄り、それを拾い上げた。

「なになにー、That`s one small step for man,

one giant leap for mankind, だって」

「そりゃ、どういう意味だ」

「アームストロングって署名がしてあるんですが、

意味はにっちもさっちもわかりません」

浦島が言った。

「おもろいやないか、腕を上げたなー、ちっちきちー。

おそらくカンニングペーパーだよ。その日のために

これで一生懸命練習をしたんだろうな」

金田一が言った。

「あんなところに白球が落ちている」

音姫が言った。

「それじゃ僕と一緒だ」

浦島が言った。

「そりゃどういう意味だ」

「薄給なんちゃって」

「いいじゃないか、その代り、こうやって月旅行まで

させてやってるんだから」

金田一は言いながら白球を握りしめ、じっとみつめた。

「これは大杉勝男の、月に向かって打ったと言う

ホームランボールじゃないか」

さらに3人は歩いた。

白いマントに、白マスク、サングラスをかけた、

幾分腰の曲がりかけた男が、白塗りのCD125を

押しながらやって来た。

「あなたは月光仮面さんじゃないですか」

金田一は懐かしさのあまり声をかけた。

「いかにもわしは月光仮面じゃが、あなたたちは

地球から来なさったか」

鼻水を垂らしながら月光仮面は言った。

「パパ、このおじいちゃんは誰」

音姫は金田一に向かって言った。

「月光仮面と言ってね、パパが子供の頃のヒーロー

だったんだ。でも、パパが木の又に足を挟んで抜け

なくなった時、いくら叫んでも助けに来てくれなかった」

「すまん、あの頃のわしは若かった。宣伝効果の大きい

テレビの中の子ばかりを助けていた。本当にすまん。で

その後どうなったんだ」

「うん、足を持ち上げて引いたら簡単に抜けたよ」

月光はこけそうになった。

「今日はどうしたんですか」

「ああ、バイクがパンクしてね。今から修理屋に

持って行くところなんだ」

「もう、地球には行かないんですか」

「わしの時代は終わった。今は仮面ライダーが大型

バイクで疾駆する時代、予土線よりのろいわしのバイク

では話にならんよ。それに天敵の「サタンの爪」も

5年前に老衰で亡くなったしな」

淋しそうに月光は力なく笑った。

「サタンの爪って、どういう意味なんですか」

金田一は尋ねた。

「ああ、サタンは悪魔、爪は指先にある、つまり

悪魔の手先と言う意味なんじゃよ」

月光は答えた。

「実は私達、人探しに来たのですよ。この人に

見覚えはありませんか」

金田一は久美子の写真を見せた。

「おお、絶世の美女じゃな。この先の城に気絶しそう

なほどの美女が住んでいるという噂は 聞いたことが

ある。しかし囲われの身とみえて顔は一度も見た

ことはない。ところであんた、あの娘のなんなのさ」

月光は写真を突っ返しながら言った。

「私はあなたと同業の探偵で久美子さんを捜しに来た

だけです。お城まで距離にしてどれくらいあります。

地球の距離で言ってください」

「距離と言われてもな。このバイクで大体40分くらいじゃ。

わしにはそれしか言えん。とにかくこの方面へ向かうのじゃ」

月光は抜け歯の間から空気を漏らしながら、

指で方角を示した。

「最近は歯が少なくなって、物が、けっこう噛めん」

月光は、逢う人ごとに言っていそうなギャグをかました。

「それなら、若葉歯科医院がいいですよ。きっと

期待に応えてくれるはずです」

と金田一はすすめた。

再び3人は歩き始めた。

予土線よりのろいバイクで40分だから20kmくらいか、

そんな事を考えながら歩いていると、どこからともなく

「ペッタンコペッタンコ」という、餅を突くような

音が聞こえてきた。

音のする方向で、杵を振り下ろす耳の長い動物がいた。

「何でしょうね」

浦島と金田一は目と目を合わせた。

地球灯りの中、近づいて行くと徐々に、それは餅を突く

ウサギのように見えなくもなかった。

さらに近づくとそれは餅を突くウサギであることを

否定することは不可能であった。。

原稿料稼ぎのプロでもあるまいに、これで笑いがとれな

ければ何の意味もない長文となってしまうだろう。

「ウサちゃん、ここで何してるの」

「御覧のように、餅を突いてるんでさぁ、どうです、

あっしの作った地球見団子でも食べませんか」

ウサギは手を休めて言った。

「たべたーい」

音姫が言った。

「一体なぜ、ここで餅屋をはじめたんだ」

団子を食べながら金田一は訊いた。

「実はあっしは、ウサギとカメの駆け比べで

負けたウサギなんでさぁ。それで罰ゲームと

してここで餅を突いているんです」

「もう、何年くらいやっているんだい」

今度は浦島が訊いた。

「あれは関東大震災の年だったから、かれこれ

100年くらいはなるんじゃないかな」

「よし、わかった。100年もやったんだから充分

罪滅ぼしは出来たはずだ。一緒に地球に帰ろう」

「でも師匠いいんですか。断りもなくそんなことをして」

浦島は心配そうに言った。

「大丈夫さ、臼の前に等身大の切り絵でも立てて置け」

ウサギを加えた4人は一路、城を目指した。

商売柄ウサギは地域の情報通である。

また、その大きな耳で遠くの声でもかき集める

のが得意であった。

「あと5kmでプリンセスカグヤの住む小田切城に着きます」

ウサギは言った。

「へえー、その城、小田切城って言うんだ。

私はてっきり宍戸城かと思った」

金田一は言った。

「実は僕はずっと、森雪之城だと思っていました」

浦島は言った。

「じゃ、音姫ちゃんは」

2人は音姫の言葉を待った。

「えーと、えーとね、秋竹城じゃないかな」

「うーん、音姫ちゃんのことだから75点つけちゃう」

4人はついに小田切城に着いた。

疲れていた音姫も、ウサギが加わってから俄然

元気が出て来た。

金田一は玄関の呼び鈴を押した。

5分後にドアは開いた。

写真とは似ても似つかぬ女性だった。

足元はふらつき、目はうつろで、酒を飲んでるのは

一目瞭然であった。

「久美子さんですか」

金田一は言った。

「はい、そうですが」

呂律の回らない言葉は酒の臭いを含んでいた。

4人はふらつく久美子の後に従った。

 

もう、何週間も掃除のしてないような応接間であった。

テーブルの上には空になった一升瓶が横たわり、新たに

開けられたそれも半分ほどが空気に占領されていた。

どうやら彼女は酒浸りの日々のようであった。

「実は、ご両親からあなたの捜索を依頼されてやって

まいりました。あなたに異存がなければ、今すぐにでも

連れて帰りたいと思うのですが、いかがなものでしょう」

金田一は単刀直入に用件を切り出し、久美子の機嫌

を伺った。

「帰りたいのはやまやまなのですが、事情があって

帰れません」

「して、その事情とは。差し支えなかったら事のあらまし

をすべて話してもらえませんか」

久美子はコップ酒を一気にあおった。

「あれは昨年の春のことでした。わたしに付きまとう

一人のストーカーが現れました」

「ほう、それで警察には届けましたか」

「いいえ」

「それはなぜですか」

「警察の力など無力にするほどの男なのです」

「どういうことなのですか」

久美子はコップ酒を、またあおった。

「彼は人間ではありません。神通力を持った

妖怪です。そして彼はわたしに自分の女になる

ことを要求してきたのです」

「それであなたは」

「勿論断りました。すると彼は要求が聞けないのなら

お前の両親を殺すと言いました。単なる脅しでない証拠に

まず、お前の犬を殺すと言い、翌日愛犬は死にました」

「なんと、むごいことを」

久美子は3杯目をあおった。

「さらに彼はわたしの生い立ちについて語りました。

実はわたしは竹やぶの中に捨てられていた子だと。

それを今の両親に育てられたことも。それを聞き

わたしは彼の要求をのみました」

「そうだったんですか。で、その、彼と言うのは

今どうしてるんですか」

「さあ、どこに行ってるんだか。もう1週間も帰って

来ないわ。噂によるとあっちこっちに女をつくって

いるとか」

「うーん、どうしたものか」

金田一は腕を組み、首を捻った。

「彼が死なない限り、わたしは地球には戻れないわ。

仮にこのまま地球に戻っても両親の命が保証される

訳でもないし」

その時窓が白日の如く光り、すぐさま雷鳴が轟いた。

「そろそろ、彼のご帰還だわ」

久美子が言った。

「音姫、キンカメを呼んどいてくれ」

金田一は眠りかけていた音姫に言った。

音姫はキンカメにテレパシーを送った。

4人と久美子は玄関から表へと出た。

稲光と、雷鳴の轟く中、上空で竜がうねっている。

時々「シャー」と音を出し火を吹いている。

やがて竜は5人のいる広場へと降りて来て、人間の

男へと姿を変えた。

「プリンセスカグヤを渡すわけにはいかない。

どうしてもと言うなら俺を倒してから行け」

男は5人の前で通せんぼをして立ちはだかった。

浦島の得意の右ストレートが男の顎をとらえた。

「いてて」

浦島は左手で右拳を押さえてうずくまった。

とても勝てる相手ではないと金田一は思った。

その時、音姫が叫んだ。

「お前は竜二ではないか」

「確かに俺は竜二だが。そういうお前は誰だ」

一瞬怯んだ後、竜二は言った。

「わたしは乙姫だ。竜宮城の乙姫だ」

「何を寝ぼけたことを言ってるのだ。俺はこんな

ガキは知らない。もしお前が乙姫だと言うのなら

証拠を見せろ」

「お前の頭のてっぺんには10円玉はげがある。右手の

小指には傷跡がある。新婚時代わたしが噛んだ傷跡だ。

長いこと帰って来ないと思ってたら、こんなとこで浮気

をしていたんだな」

音姫はジャンプして竜二に平手打ちをかました。

竜二は頬を押さえ、片膝を着いた。

その時、金田一は懐から竹筒を出し、蓋を抜いて

竜二に向けた。

たちまち竜二は竹筒に吸い込まれていった。

急いで金田一は蓋を閉めた。

あっという間の出来事だった。

 

「さあ、地球に帰ろう」

金田一はキンカメの上で言った。

「金田一さん、あの竹筒ひょっとしたら父の作った

物じゃないですか」

「よくわかりましたね。その通りです」

「だって、父は竹細工の名人って言われてますもの」

久美子は自慢げに言った。

「実は、娘をさらったのは物の怪かも知れない。

その時にはこれを使って下さい、と渡されて

使用方法も伝授されていたんですよ」

金田一は真相を明かした。

「わたし久美子さんを見た時、ひどく懐かしく感じたのよ」

音姫が言った。

「えっ、どこかでお逢いしました」

久美子が訊いた。

「ええ、世界お姫様サミットで逢ったじゃないですか。

かぐや姫さん。事情があってこんな子供になってしま

いましたが乙姫ですよ」

音姫が言った。

「懐かしいですね。シンデレラや白雪姫さんも

元気にしてらっしゃるのかしら」

かぐや姫が言った。

「あんなところに人が見えますよ」

浦島が言った。

梯子のてっぺんで手を振っている男がいた。

「あれはしろひ猫だ。可哀想に月まではあと

1億5000万年はかかると言うのに」

金田一が言った。

「見ろ、うさぎがしっかりと餅を突いているじゃ

ないか」

浦島の言葉に、皆一斉に月を振り返り、その美しいシ

ルエットに拍手を送った。

地球が近づいて来た。

「パパ、竹筒を頂戴」

「どうするんだい、音姫ちゃん」

「海に落とすの。さあ竜二、おとなしく暮らすのよ」

竹筒は海に落とされ、竜二はタツノオトシゴになった。

そして久美子は両親の元に帰り、婚約者と祝言をあげた。

 

数か月後、久美子が金田一探偵事務所を訪れた。

「やあ、久美子さん、元気でやってられますか」

浦島がご機嫌を伺った。

「はい、お酒もやめて、幸せに暮らしています」

久美子は小田切城であった時とは違い、穏やかな

表情で言った。

容貌も10歳くらい若返って見てた。

「あの頃のあなたは、酔いどれかぐや姫でしたものね。

ところで今日は何かあったのですか」

金田一は用件を尋ねた。

「はい、私が竹やぶに捨てられていた赤子であったことは

以前お話ししました。そこで、私の両親を捜してもらいたく、

やって参りました」

「久美子さん、今あなたはこうやって幸せに暮らして

いるんだ。何も今さら」

「金田一さんのおっしゃりたいことはわかっています。

でもわたしは知りたいんです。なぜわたしが捨てられ

なければならなかったのか」

久美子は金田一の言葉を遮って言った。

「でも、それではご両親が」

「勿論この件は両親には絶対に秘密でお願いします。

それにわたしは今の両親が本当の親だと思って

いますし、愛しています」

「そうですか、わかりました。精一杯やってみます。

ところで何か手掛かりになるようなものは」

久美子はハンドバッグから1通の手紙を取り出した。

「これは竹やぶのわたしの横に置かれていた手紙です。

両親には内緒で持って参りました」

 

 

「この子の両親になる方へ

この子が生まれた時占い師に未来をみてもらいました。

その結果、この子は我が家に禍をもたらす呪われた子で

あることがわかりました。

我が家にとっても、この子にとっても不幸をさけるため

他の人に育ててもらうのがいいと占い師の助言をうけ

このような形になった次第でございます。

当座の費用として10両置いていきます。

どうかこの子を末永く愛情豊かに育ててやってく

ださいませ。

名を久美子と申します。

どうぞよろしくお願いいたします」

浦島が全文を読み上げた。

「久美子さんは今幾つだ」

「たしか、サバを読んでなければ22歳ですが」

浦島はチラッと音姫を見ながら言った。

「調べる方法は二つある。一つは22年前、久美子さんを

占った予言者。そしてもう一つは久美子さんのご両親の

交友関係からだ」

金田一は言った。

「なぜ、交友関係なのですか」

浦島が尋ねた。

「ご両親は、浦島も知ってるように、とても優しい方だ。

しかも、子供もいない。毎朝、竹やぶに竹を切りに行く。

このような事情を知ってる者が、お父さんが来る直前に

久美子さんを置き、物陰から様子を見ていた、とは

考えられなくはないかい」

「うーん、さすがは名探偵金田一平助、見損なっていました」

「おい、浦島そりゃどういう意味だ。それは評価を

下げる時に使う言葉だろ」

「いえ、評価を変える時に使う言葉ですよ」

「何か私は誤魔化されているような気がする。林、何か言え」

「間違ってはいませんが、おみそれしましたとか、

見直しましたと言った方が適切ではないかと思います」

と林は言って去って行った。

「これで、久美子さんが風邪をひくこともなく、十両だけを

持って行かれることもなく、すべてはうまくいった」

「やっぱりパパは名探偵だわ」

音姫がウサギの耳を握りながら言った。

「おそらく物陰から見ていた人物こそが久美子さんの

本当の親御さんだろう。占い師の方は音姫ちゃん、

マリアさんの所へ行って聞いて来てくれ。交友関係

は浦島、頼んだぞ」

 

「パパ、マリアさんの仲間のリリーさんが、たしかに

22年前然る会社の社長さんに招かれ、娘さんの行く末

を占ったそうです。その時、娘さんの人相に家族との

確執を表す相が出ていたので置手紙の内容のような

助言をしたそうです」

「そうか」

「師匠、僕もご両親の交友関係に、22年前くらいに子供

が出来た人はいないかと捜しました。すると5人いました。

そしてその内の4人の生存は確認出来ましたが、1人は

死亡したとのことでした」

「そうか」金田一は同じ言葉を吐いた。

「それで音姫ちゃん、その社長さんとは」

「大手家具メーカーの太塚家具(たづかかぐ)の社長さんです」

「それで浦島、その1人とは」

「大手家具メーカーの太塚家具(たづかかぐ)の社長夫婦の子です」

「そうか、さっそく久美子さんに知らせてやれ」

 

こうして久美子は、これをネタとして脅し、太塚家の遠い

親戚として社長への立候補権を得た。

そして株主総会で、その美貌も手伝い見事社長の座を

手中に収めた。

父親も竹材部の部長として迎え入れられ一家は幸せに

暮らしました。とさ。めでたしめでたし。

 

ご存知金田一平助シリーズ「家具屋姫乗っ取り物語」より一部抜粋

 

列車は定刻通り松山に着いた。

今日は土曜日、私がまずやる事は決まってる。

今日の宿探しである。

駅前の大通りを渡り、伊予銀行の向こうにある定宿の

ホテル松山ヒルズを目指す。

「今日の宿を予約したいのですが」

私は言った。

「すいません、今日は満室です」

とフロントは応えた。

まだ10時ちょっと過ぎである。

最初は18時半、2回目は16時半でも空いていたのに

今日は駄目であった。

私がこのホテルを褒めちぎったので俄然人気が

出てしまったのかも知れない。

応対した女性はエンジェルのようだと讃えた人

だったが、今日は悪魔のように見えた。

She looks like a devil

別に彼女が悪い訳でもないんですがね。

たまたまこの日は、運が悪かっただけです。

次にあたる。

駅前の小さなビジネスホテルであったが満室であった。

さらに、その隣の、やはり小さなホテルだった。

「部屋は空いていますか」

「今、キャンセルの電話が入りまして、空いてます。

いやー、お客さん運が良かったですね」

とフロントは言った。

おそらく5分前にここを訪れていたら、私は断られて

いたことだろう。

お遍路はもう終わったが、お大師様のお蔭は

まだ続いていると思った。

前金で3200円支払わされた。

「今のお客さんのように、仕事が早く終わって

しまったとかで、ドタキャンする人が結構多いもので」

フロントは言い訳をしていた。

駅前の路面電車乗り場から市駅を目指す。

市駅の高島屋でケーキを6つ買う。

3番バス乗り場から11時発で森松を目指す。

市駅森松間は1時間4本は出ている。

これだけ出ているとほっとする。

11時28分森松着、近所のコンビニでおにぎりと

コロッケを買って急いで食べる。

初めてのお遍路で、大学生に置き引きをされそう

になったなつかしいバス停である。

11時53分丹波行きに乗り、そして12時05分恵原で降りた。

あとは東に向かって進むだけ。

右手に池らしきものが見えて来る。

病院があり、207号線に消防署があり、国の重文

渡部家も見えて来た。

我が町でもない重文だ、立派なものである。

1日1便しか停まらない東方のバス停を通り過ぎる

頃親子連れをよく見かけた。

今日は荏原小学校の授業参観日だそうだ。

やがて久谷中の自転車の女の子が通る。

「こんにちわー」と大きな声がかかる。

やっぱり田舎の子は純朴でかわいらしい。

8分ほどで「カットサロンゼロ」は見えて来た。

7か月ぶりの訪問である。

呼び鈴を押した。

3回目にやっと奥さんは出て来た。

店内を見た時、お客さんがいたので仕方がない。

店内に通された。

一段落ついたとみえ、お客さんは帰るところだった。

この前のお礼にと買って来たケーキ、ひょっとしたら

お客さんがいるかも知れないと思い、幾分多めに

買って来たが、運の悪いお客さんだ。

ケーキ一個損をした。

若い娘さんだったが、日頃の行いが良くないのかな。

奥さんは綱義を畑に迎えに言った。

この前と同じパターンだ。

10分後、綱義は帰って来た。

早速、結願の報告とおみやげを手渡した。

すぐに、持ってきたケーキは私の目の前に置かれた。

勿論自分も食べるつもりで買って来たのであるから

それでいいのだ。

この辺りは今、田植えが真っ盛りだね、高知では4月

中旬にはほとんど終わっていたよ、と私が言うと、

あちらは二毛作で7月には2度目の田植えが始まる

んだと綱義は言った。

なんで今田植えなの、私の質問に綱義は、麦やら

玉葱やら、その他の作物の収穫が終わってからに

なるから仕方ないんだと言った。

私が子供の頃は、我が地方でも春の作物の収穫が

終わってから田植えをする家はごく普通にあった。

でも、今では見たことがない。

このあたりに、経済的に裕福な地域とそうでない地域

の差が出ているのかな。

私は見て来た高知の田舎の惨状を綱義に報告した。

すなわち、廃屋、耕作放棄地、目にするのは老人ばかり

の危機的状況をありのままに語った。

この辺りでもたいして変わらないよ、何よりも働き口が

ないのだからみんな都会に出て行ってしまう、残った

年寄りに農作業はきついし、高い農機具を買って

まで農業を続ける意味もないし、と綱義は嘆いた。

さっき逢った可愛らしい中学生の子たちも、やっぱり

学校を卒業したら都会へ行ってしまうのかな。

そうなると男の子も、女っ気のない田舎を

抜け出したくなるわな。

豊田に帰ったら、章男社長に四国にもトヨタの工場

を作ってくれと言いたいが、私にはそんな力はない。

とりとめのない話をしていたら、いつの間にか時刻

は2時近くになっていて、綱義がまだ昼飯を食べてない

のに気が付いた。

ここへ私が来た目的は一つにはお礼をすること、

そしてもう一つはブログの宣伝をすることであった。

私はブログのドメイン名とタイトル名を書いた

メモ用紙を、お客さんに一番見える位置の壁に

貼ってもらった。

こうして私は綱義夫婦に別れを告げ、ヘアーサロンゼロ

を後にした。

本当は、今日の予定はホテルに帰って寝るだけなので

4時頃まで居たかったのだが、綱義にひもじい思いを

させてはと気をつかった。

思ったよりも公共交通機関のつながりが良すぎて

早く着いてしまったのがいけなかったんだ。

恵原のバス停に着いてから、どこかで1時間ほど

休憩をとってから来ればよかったのだが、どこにも

それらししき場所もなく、降り注ぐ陽光に追いまく

られ早く着いてしまった。

12時53分の便に乗れば、森松の屋根付きベンチ付き

のバス停で1時間ゆっくりとうたた寝が出来たのにと

後悔しつつ私は恵原バス停まで歩いた。

バス通りは車が一台通れるくらいの幅である。

狭い割には車の往来はあり、皆苦労しているみたい。

バス停の表示板は1箇所しかなかった。

私は近所で農作業をしている男性に、反対側の

バス停はどこにあるんですかと訊いた。

ごらんのように狭い道です、反対側にも表示板を

設置すると交通の妨げになってしまいますので

ありません、が、バス停はそこです、と反対側

のちょっとしたスペースを男性は指した。

便数が少ないんで大変ですね、と男性は言った。

仕方ないですよ、乗る人がいないですもん、

私は答えた。

うちの娘もこのバスで通勤してるんですよ、帰りは

いつもわたし一人だと言ってます、男性は言った。

おそらく松山発18時40分、恵原着19時25分の

便であろう、ご苦労様。

3台のバス電車を乗り継ぎJR松山駅に着いたのは

16時だった。

このまま電車に乗り我が家に帰ろうと思えば

深夜に着くことは可能である。

しかし真夜中の暗い夜道を家までトボトボと

帰る姿を想像しただけでも身の毛がよだつ。

明日の予定は未定ではあるが、とにかく駅に隣接

するお土産屋で、魚のすり身を買い、コインロッカー

へ荷物を取りに行く。

 

 

こんにちわ皆さん、1回目のお遍路の時に紹介に与り

ましたロバート デニャーオです。

あれから8か月、私は今日まで生きて来ました。

皆さん私の左の立札見えますか。

なんて書いてありますか。

えっ、立ち入り禁止ですって。

そうじゃなくって、その隣の文字ですよ。

私が切望してやまない松山駅長ですよ。

制帽をかぶって、この立札の前に座り、

一流新聞の一面に載るのが私の夢なんですよ。

ロバート駅長誕生なんてね。

松山と言えば、「坊ちゃん」、「坊ちゃん」と

言えば夏目漱石、漱石と言えば「吾輩は猫である」

ですよね、皆さん。

つまり松山と猫は切っても切れない関係にある

のですよ。

猫「にゃにゃーにーゃにゃにゃにゃー」

ロバ「にゃーにゃーにゃんにゃんにゃ」

通訳いたします。

駅長になるためには、ある程度頭脳が必要だ。

私が君の頭脳を試す。

結果次第では駅長さんに取り合って挙げないこともない。

どうかよろしくお願いいたします。

 

 

猫「次の動物に係ることわざの下の句を述べよ。猫に」

ロバ「ごはん」

猫「どういう意味ですか」

ロバ「小判をあげても猫は喜ばない。ごはんをあげて

愛情豊かに育てましょうねという意味です」

猫「馬には乗ってみよ」

ロバ「ダービー獲れるかも」

猫「どういう意味ですか」

ロバ「何事もやってみなければわからないという事です」

猫「犬も歩けば」

ロバ「腹が減る」

猫「どういう意味ですか」

ロバ「カロリーを消費するのですから腹が減るのは

当然です。もしそれでも食欲がないようでしたら一度

岩佐動物病院でみてもらいなさいと言う意味です」

猫「カエルの子は」

ロバ「田んぼに産め」

猫「どういう意味ですか」

ロバ「オタマジャクシは魚ほど泳ぎが達者でないから川に

産むと流されてしまう。つまり分相応に生きなさいという

ことです」

猫「とらぬ狸は」

ロバ「デカかった」

猫「どういう意味ですか」

ロバ「チラッと、逃げてく狸のタマタマを見たら、その

デカかったこと。信楽焼きは写実主義だってこと」

猫「まあまあってとこかな。どうです駅長さん」

駅長「駅長にジョークは必要ない。駅長に必要なのは」

猫、ロバ「必要なのは」

駅長「害虫を食べることです」

猫、ロバ「キャイーン」

 

猫「しゃあねえな、明日からロバのパン屋でも

始めるか」

 

5時ホテルにチェックイン。

四畳の畳の部屋だった。

駅から歩いて1分、料金3200円だから

しょうがないか。

明日につづく。